第二話 運命の糸

重景「殿、この山深き竜神なれば、よもや追っ手の目も届きますまい」
維盛「うむ、そうだな。ひとまずは安心と言うところだな」  
石童丸「はっ、さすれば夜明けけにでもこれからの隠れ家を探してまいります」

 隠れ家の相談をしながらも、維盛の瞼はぼんやりと遠くを眺めていた。
 先ほど出会ったお万のことが気になって仕方がなかったのじゃ。
 そして維盛は心の中で呟いた。

(まことに麗しい娘であった。それに、あの優雅な物腰。ただならぬ身分と見たが……)

 翌朝、維盛たちは追っ手に気づかれないようにそっと、人里離れた小森の奥に移り住んだ。
 人目を忍んだ暮らしなど、楽しいはずはない。
 その中で、維盛の心の中は、日増しにお万の面影が大きくなって行った。
 維盛らが小森に移ってから、しばらくして、三人は温泉へ入りに来た。
 久しぶりに、ゆっくり湯に浸かった帰り道……。

 お万の母が坂のところで苦しそうに腰を屈めているではないか。
 その姿を重景が見つけて……

重景「どうなされたのじゃ」
母「はあ、はあ……は、はい、急にさしこみが……」
維盛「それはいかん。家はどちらじゃ?送って参ろう」
母「申し訳ございません……」
維盛「さあ」

 母は維盛にかかえられるようにして、やっとの思いで家に辿り着く。
 戸が開いて、炊事をしていたお万が異様な気配に気づく。

お万「まあ。いかがなされました」
維盛「おお、そなたの母御であられたか。道端で気分がすぐれぬ様子なので、お連れ申した」
お万「それはどうもありがとうございます。お礼を申し上げます。さあ、おかあさん」

 お万は母に水を汲んでやり、母はそれをゴクゴクと飲み干した。

母「ああ、ありがとう……」

 母はしばらく目を瞑っていたが、しばらくして……

「いづこの方やら存じませぬが、どうもありがとうございます。お蔭様でだいぶ楽になりました」

といって、維盛たちに深々と頭を下げた。

 運命の赤い糸というものは、どこで繋がっているものやら分からないもの。
 このような切っ掛けがあって、維盛はお万と再び出会うことができた。
 その後、維盛はお万の母を度々見舞うようになり、母の世話をするお万の健気な姿に、一層魅かれていった。

 お万の母の病は、お万の懸命な世話と温泉のお陰で、次第によくなり、もう全快に近づいていた。
 母はお万に言った。

「あなたや温泉のお陰でかなりよくなりました。そろそろ里に帰れそうです」
「かなり元気になられたみたいですね。本当に良かったですね」

 そんな会話をしている時に、重景が尋ねて来た。

重景「ごめん。身体の調子はいかがかな」
母「あ、これはこれは、いつもお気にかけていただいて。お蔭様で、もう里の方へ帰ろうかと話していたのでございます」
重景「それはようござった。実は、今日はお願いに参ったのでござる」
母「はい、いかような?」
重景「どうかお万さんを、私どもの主人のお手伝いにぜひとも戴きとうござって、参りました」  

 お万の母は、日頃、三人が修行僧の姿こそしているが、何か訳があってのことだろうと思っていた。
 そして、三人とも優しく、また人品優れた良い人たちだと分かっていた。
 お万の母は即答した。

「お引き受けします。いたらない娘ではございますが、殿方ばかりでは、さぞお困りでございましょう。よろしくお頼み申します」

 実は、お万も、母の病が良くなったことは嬉しかったのだが、維盛との別れはとても寂しかった。
 このような縁もあって、小森の奥に移ったお万は、維盛の身の回りの世話をするようになった。
 それは、秋も深まり、紅葉が見事に色づく頃であった。

 お万は、維盛の世話をとてもよくした。
 とにかく働き者で、朝は早いし、夜も遅くまでよく働いた。
 維盛たちが気を遣い「もう休んだ方が……」と言っても休まない。
 嫌な顔ひとつせず、気持ちよく働く。
 そんなお万に三人はいたく感心した。

 また、野辺の花を摘んで飾ったり、つくろいをしたり、以前の男ばかりの生活とはうって変わったように明るくなって行った。
 小森の奥には、湧き水があって、夏でもすごく冷たくてとても美味しい。
 それに、ゼンマイ、ワラビ、クサギなどの山菜、コサメやアユなどの魚、松茸も採れるし、食べるものには困らなかった。
 敵の目から逃れている身であるのに、維盛は幸福に満ちていた。
 お万もまた、次第に、維盛に魅かれていき、ふたりは本当の夫婦のように仲睦まじくなっていった。
 重景たちふたりの武将も、維盛の明るい顔を見ることが、とても嬉しかった。

 維盛は暇を見つけては釣りを楽しんだ。
 お万も維盛に従い、維盛が無言で釣り糸を垂れる姿をじっと見守っていた。


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