第30話  親が親なら娘も娘


黒川信人の視点


相変わらず渋滞は続いている。
どうやら、典子さんの判断は正解だったようだな。

俺は、半歩斜め前を歩く彼女の背中を見つめた。
前のめりなほどの前傾姿勢で揺れる、花柄のワンピースを目で追っていた。

岡本博幸っていったかな。典子さんの前の夫は。
たしか……病気で死に別れたって聞いたが。

もしそれが、俺の立場だったとしたら……?
不意な別れを経験するとしたら……?
……やりきれないぜ、まったく。

流れる滝のような汗に、ワンピースが背中に貼り付いていた。
俺は、力強くて華奢なその背中に、美里を重ね合わせて否定するように首を振った。



歩き続けて30分。
ようやく事故処理が終わったのか、徐々にではあるが渋滞が解消し始めている。

俺は歩きながらタクシーを探した。
『花山』まで残り2キロほどだが、今の車の流れなら歩くよりは確実に時間を詰められる。
そう判断したからだった。
そして、そのことを典子さんに伝えようとしたその時だった。

「よぉ、待ちなよ。へへへっ……」

俺と典子さんの進路をジャマするように、3人の男たちが立ち塞がっていた。
どう見ても、まともな連中とは思えない。
乱れ切った服装を見れば一目瞭然だが、その血走った値踏みするような目は?

恐喝か? それとも彼女を?
どちらにしろ、今夜はとことん運がないようだな。

「あの、道をあけてください。私、急いでるんです」

なんとかこの場を凌ごうとする典子さんに、男たちは互いの顔を見合わせた。

「おい、この女、急いでるんだってよ。どうするよ?」
「どうするって? まあ、オイラたちと鉢合わせした以上、『はい、どうぞ』ってわけにはいかないよなぁ」
「はははっ、姉ちゃん。そういうことだ。ちょっと愉しいことでもしたら、通してやってもいいぜぇ」

突然降って湧いてきたかのような不良どもに、典子さんの顔が青ざめていく。

「おい、キミたち。ジャマなんだよ。道を開けてくれないかな」

俺は彼女を庇うように前に進むと、不良どもを睨みつけていた。
金ぴかに染めた髪の毛に、鼻ピアス。
そっちの奴は、いっちょまえにタトゥーまで彫りやがって。
ふふっ、一昔前の俺を見ているようだぜ。

「なんだぁ、てめえェッ! 女の前だからって粋がってたら怪我するぜぇ」

どうやら、俺の排除を優先するらしい。
ボス気取りの男が、目を剥き出して顔を突き合わせてきた。

こうなったら、やるしか道はなさそうだな。
それが、この場を収める一番の早道と信じて。

俺は男たちの足元に目を落とした。
ボス気取りと右の奴は、べた足のサンダル履き。
特に気にする必要はなさそうだ。
だが、左の男。こいつは、少々警戒したほうが良さそうだな。
スニーカーの踵が浮いて、ツマ先でリズムをとっていやがる。
ボクシングをかじったか? いや、膝の曲げ具合からキックボクシングか?

相手方の踏み込みを計って、間合いを開ける。
その横をすーっとタクシーが通り過ぎ、客を降ろすのか目の前で停まった。

俺は目線を固めたまま叫んでいた。

「典子さん、そのタクシーへ! さぁ、早くっ!」

「黒川さん、アナタは?」

俺の意図に気付いた右の男が、それを阻止しようと動いた。
俺は振り返る彼女に頷くと、その間に割って入る。

「ごめんなさい、黒川さん」

アンタはいい女だぜ。

一瞬で俺の気持ちを察した典子さんが、タクシーへと駆け寄っていく。
そして、俺を残してタクシーは走りだした。

典子さん、美里のことよろしく頼みます。

「てめぇっ、舐めたマネしやがって! 覚悟はいいだろうな」

「面白いじゃねえか。相手になってやるから、3人がかりで掛ってきな」

俺は挑発するように伸ばした腕先で、指を曲げた。

今夜の俺は、ちょっとばかり気が立っている。
おそらく、自制は効かんだろうな。
こいつ等も運が悪い。お気の毒に……


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篠塚美里の視点


「あーぁ、こんなに腫れ上がらせちゃって、ラストはどこにしようかな?」

男が、子供のようにはしゃいだ声をあげた。
わたしは、朦朧とする意識の中でそれを聞いた。

何回お尻をぶたれたんだろう?
何回、生臭い液を顔に掛けられたんだろう。

思い出せないし、考えたくもない。
だけど、これで終わるの。まだまだショーは続くけど、美里はハードルをひとつ飛び越えたの。

「それじゃ、ラスト一発。美里ちゃん、悦んで鳴いてね」

プンッ! パァァーンッッ!

「ンアァァッッ! ……ハァ、ああぁぁっ、ありがとう……ございます……」

ズズーって、うつ伏せのまま身体が滑っていく。
お尻に何かが勢いよくぶつかって、きっと、思いっきりぶたれたはずなのに、よく分からないの。
美里のお尻って、マヒしちゃったのかな。痛みだって全然感じない。
なのにどうしてよ?
どうして、涙だけが後から後から流れてくるの?
こんなに哀しくなっちゃうの?



「はあ、はぁ……皆様に叩かれたお陰で……美里のお尻、真っ赤になっちゃいましたぁ。ほら、こんな風に」

わたしはふらつく足取りで半回転すると、お尻を突き出した。
サービスするように、くるりと円も描いてあげた。

「いいぞぉ、茜ちゃん。オサルさんのお尻をもっと振ってよ」
「そうだ、そうだ。もっとケツをいやらしく振って、挑発してみろよ。ははははっ……」
「オサルの茜ちゃん♪ オサルの茜ちゃん♪ オサルの茜ちゃん♪ きゃははははっ……」

そんな美里の態度に欲情したのか、男の人たちが次々と囃し立ててくる。
みんな美里より年上の大人なのに、まるでイジメッコみたいにわたしを泣かせようとする。

だけど、負けないから。
こんなことくらいで、美里はへこんだりしないから。
だって、男の人が悦んでいるってことは、美里のショーは成功しているってことだから。

そうよ、だから……
わたしはもっと前屈みになると、膝に手を当ててお尻を揺すった。
今頃になってヒリヒリするお尻の肌を冷ますように、上にも下にも、右にも左にも、何度も何度も振り続けた。

「ふん、親が親なら、娘も娘だ。この淫乱が」

河添がわたしにだけ聞こえるように囁いてくる。
ついでに、次のショーの段取りまで指示された。

「皆様、そろそろ次なるショータイムに移りたいと思います。意義はございませんか?」

「意義なーし!」

全会一致で決まっちゃった。


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