第5話:研究員ひとみ

その2


 九兵衛が、そのリングを手に取った。
 掌で包むように持ちながら、リングの内側を覗き込む。

 何本もの「棘」が、全て一つの方向に・・覗き込んでいる九兵衛の方に向かって、根本から折り曲げられている。

 やがて九兵衛の体温で暖められたリングが、その本性を顕わす。
 徐々に直径を縮めていたリングは、ある温度・・人間の体温より僅かに低い・・に達すると、突然もとの姿に戻った。

 直径がそれまでの半分以下になった。覗き込むと、内側に植えられていた無数の棘は一斉に起き上がり、中心に向かって突き出している。

 九兵衛は机の引き出しから細いピンセットを取り出すと、リングの中の棘を1本摘んでみた。リングから手を離し、ピンセットを揺すってみても、棘が外れる様子はない。

 うむ、よくやった。
 ・・・で、この合金の縮む力がどの位か、確認したかね。

 ひとみが答える。

 この厚さでは、大したことはありませんでした。
 指に填めても、まぁ、骨を砕くことはないと思います。
 血行は完全に止められると思いますけど・・・

 厚みを増やせば、かなり強力になります。
 それと、無反応温度の時に、どの位拡げておくか、だと思います。
 許可を頂ければ、なるべく早い内に実験して、確かめておきたいです・・・

 彼らが開発していたのは、形状記憶合金による圧搾器なのだ。
 中世ヨーロッパ全域で魔女狩りに使用されていた、「指粉砕器」の現代版である。これなら一旦取り付けたなら、後は犠牲者の体温でリングが暖まると、自動的に無限の苦痛を与えることができる。しかも施工者は見ているだけで、何の努力も必要がないのだ。

 早く効果を確認したい・・・ひとみはもう一度、胸の中で呟いた。


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 黒船館ブリッジ(船橋)、午前4時。

 黒船館の副長K・Tが当直のためにブリッジに昇ってきた。
 この夜更けの、この荒天にも、副長は平生とかわらず、陽気でものに動ぜず、そのがっしりとした体格と顎髭が、まるで海賊のように見える。
 ブリッジに入り込むと、ちょっと立ち止まって闇に目を慣らしていたが、繰舵装置の前に立つ舵手の背中をピシャリと叩いた。

 おい、斥候(ものみ)よ、夜は何のときぞ・・

 舵手は、ちょっと首をすくめて答えた。

 ちょっと荒れていますから・・・お客様方は、いかがですか。

 副長が陽気などら声をあびせる。

 ハッハッハァッ・・みんな地獄へ行けばいいってか?
 ま、残念ながらそれほどではないらしい・・・みんな楽しんでるよ。

 副長である彼には、当直任務はないのだが、今夜は海が荒れている。
 しかし、卓越した繰船技術を持つK・Tは、このような天候の時には大抵ブリッジに姿を見せる。

 ブリッジには、彼の他にはプッシュボタンとキーボードだけの繰舵装置に向かっている舵手が一人だけしかいない。大型客船「黒船館」は、驚くほど自動化されているため、実に僅かな人員で航海できる。
 実際黒船館のスタッフ…乗組員は、接客のための給仕・司厨員や、奴隷の捕獲と館内の警備のための要員が、大部分を占めている。

 今日は、黒船館が就航して2周年の、謝恩クルーズの最後の晩だ。
 乗船しているのは選りすぐられた特別館員ばかり・・・いつもの「表」のお客様はいない。

 みんな楽しんで下さればよいのだが・・・この天候で、船酔いしなきゃイイのだがな。

 真っ直ぐ前方を見つめながら、K・Tは考えていた。


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 まだ夜明けには暫く時間がある。
 少し風が強いが、雨は降っていない。
 まるで金属のような輝きをみせる月をかすめて、低い雲が切れ切れに飛んでいる。

 高さが数メートルから、10メートルを超える程のうねりが、次々と押し寄せてくる。黒船館はその中を、7万トンもの巨体を静かに、しかし力強く進んでいる。
 船首の両脇にあるスタビライザが、効果的に船体のピッチングやローリング、それにヨーイングを防止しているので、少々の荒天では乗客は海が荒れているのに気が付かない。

 だが、全てを自動操縦に任せることはできない。
 やはり大きなうねりには、それを乗り超える方法・・うねりに対して15度から20度の角度で、斜めにぶつかることが必要なのだ。
 そのためには人間が、豊かな経験と熟練の技術を持った人間の介入が不可欠になる。
 副長がブリッジに頑張っているのも、まさにその理由なのだ。

 間断なく吹いていた風が、息をつくように、突発的になってきた。
 間もなく低気圧の縁から出ようとしているのだろう。
 そう言えば、空が白んできたようだ。
 もうすぐ夜が明ける・・。

 さて、後は任せて、俺はそろそろ寝るとするか、な・・副長がそう考えた時だ。
 不意にその顔が緊張し、双眼鏡を取り上げると前方を凝視した。
 まだかなり距離があるが、一際大きなうねりが進んでくる。
 他のうねりの、倍はありそうだ。

 副長は双眼鏡を離すと、落ち着いた声で繰舵手に命じた。

 面舵、20度・・・あと、10度ほど右に廻してくれ・・・
 それと・・用心のために、全部のハッチを閉鎖しておいてくれ・・・


*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 それより少し前。
 休憩時間になったエリ子は、船首甲板にいた。

 この3日間、殆ど寝る暇もない程忙しかった。
 大勢のお客様を、次から次へとエスコートしたのだ。
 周遊クルーズの時は、お客様を退屈させないため、船内で様々な催し物が行われる。その度にエリ子を始め案内係は、気の抜けない多忙の波に巻き込まれる。

 エリ子も漸く黒船館に慣れ、案内の仕事が楽しくなってきたところだ。
 最初のような失敗もしなくなった。オフィサー達も、やや素顔を見せるようになり、親切にされるようにもなってきた。

 最近、エリ子は休憩時間になると、よくこの船首甲板に出る。
 ここは碇を繋ぐ鎖と、それを巻き上げるキャプスタンがあるだけの、乗客には立入禁止の場所だ。
 港に着いた時や出航する時以外は、船員たちも用のない場所だ。
 一人で静かに休むことのできる、黒船館では他にはない、貴重な場所なのだ。

第5話その1に戻る/第5話その3に進む





























女子大生ひとみさんのちょっと危険でエッチな大冒険。
SM小説界の重鎮イネの十四郎さんの作品群。
さらには幾多の投稿者の皆様からの多彩な作品の数々。
更新は頻繁です。

イネの十四郎さんとひとみさんのHP 『ひとみの内緒話』





















cover

投稿官能小説(2)

トップページ



inserted by FC2 system