第4話:逃亡の果てに ~続・針山の一夜~

その5


 このリードなら、何とか逃げられる・・・エリ子、頑張るのよ・・・
 お願い・・・通りに誰かいて・・・
 誰か、助けて・・・お願いよっ!!・・・

 もう、大通りは目の前だ・・・
 追っ手は、まだ半分くらいしか来ていない・・・
 あの角を廻れば・・・

 通りが近づいてくる。後ろの足音も、随分と迫って来たようだ。
 もう少し・・・

 通りの様子がハッキリしてきた。人通りがない。まだ、朝は早いのだ。

 でも、通りに出て、大声を上げれば・・・きっと誰かが気が付いて・・・
 頑張るのよ・・・もう少し・・・もう少しよ・・・

 やっと倉庫の端まで辿り着いて、その角を廻った途端・・・

 ドシッッ!!

 エリ子は何かにぶつかって、はね飛ばされた。
 ヨロヨロッとして転びかけたところをガッチリとした腕が捕まえる。

 鬼ごっこは終わりだ。騒ぐなよ。騒いでも、何にもならんからな・・・

 見上げるような大男だ。
 胸に『J』のマークのある、黒船館の制服を着ている。


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 体罰室。
 エリ子は再び上半身を裸にされ、天井から下がった鎖で両手を吊られている。
 マキが、ゆっくりエリ子の周りを回っている。

 そう、どうして逃げたりしたの。
 どうやら、少しばかり痛い思いをしないと、いけないみたいね。

 マキは振り返ると、壁際に控えていたボクサーのような大男を怒鳴りつけた。

 お前がボンヤリしているから、こんなに手間取るのよ。
 そんなザマじゃ、降格だよ。それともクビになりたいのかい?
 ワタシの代わりに、この子をお仕置きしてご覧。

 一瞬、蒼くなった大男は、エリ子に近づくと苦々しげに言った。

 お前のお陰で、恥をかいたじゃないか!・・・覚悟しろ!!

 拳を握った男は、エリ子の腹に、ちょうど胃の部分にフックを打ち込んだ。
 ズボっと、拳が埋まるほどの勢いだ。

 グフッッ

 身体を「く」の字に折るようにして、エリ子が苦悶している。殆ど呼吸もできないほどの衝撃だ。

 ゲホッ・・・ゲホッ・・・暫くして、やっと苦しげに咳をした途端、男の拳がもう一度めりこんだ。
 前より一層の力がこもっている。

 ・・・・、ゲホホッッ・・・

 両手を吊っている鎖の許す限りに、エリ子が後ろに吹き飛んだ。
 力を失った両腕がダラリと伸びて、まるでボロ雑巾のように鎖にぶら下げられたまま、ズルズルと元の位置まで戻ってくる。

 エリ子の腹が大きく波打っている。あまりの衝撃に、胃が激しく痙攣を起こしているのだ。
 口を金魚のようにパクパクさせ、喉がワナワナと震えている。

 もし朝食を採っていたら、そのまま吐いてしまっただろう。
 胃に何も入っていない今は、却って苦しい。
 吐くこともできず、身体を海老のように曲げ、全身を痙攣させて苦悶するしかないのだ。
 顔を歪め、くいしばった白い歯の間から、涎が糸を引いている。

 男は再び拳を握ると、スッと腕を引いた。

 ちょっとお待ち。

 見かねたように、マキが声をかける。

 まったくお前は、乱暴なダケなんだから・・・
 女の子へのお仕置きは、もっと優しくしなければダメなのよ。
 ま、見ててご覧。

 言いながらマキは、戸棚からピンチを取り出した。

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