第3話:針山の一夜

その1


 マキは、少し苛立っていた。
 美しい眉をしかめ、自分のディキャビン(執務室)を歩き廻っている。
 常に清潔に保たれているその部屋の床は、くるぶしまで沈むじゅうたんが敷かれ、歩き回るマキの足音を消していた。

 このところ、キャプテンJ、副長K・T、開発部長の彦坂九兵衛など、黒船館の主なオフィサー達は忙しくて、なかなか連絡が取れない。
 資料室長の素浪人(もとなみ・じん)に至っては、外国に出張している有様だ。

 皆が忙しい時に、黒船館の秩序を保つのは私の役目・・・マキは今、独自の判断で決断を下さねばならないのだ。

 机の前まで来たマキが、一枚のメモを取り上げる。
 今日「談話室」の給仕から届けられたその報告を読むのは、これで5回目になる。


 ・・・・そのような訳で、特別館員の SanKaku様は、大変に困惑されたご様子でございました。
 勿論、当館・開発部長の九兵衛が、お客様に本気で腹を立てたのではないのです。

 SanKaku様が誤解をなされたのは、あの案内係が不正確な情報を伝えたからであります。
 当館のオフィサーのプロフィールを、きちんと勉強し記憶することをしないで、曖昧なままお年を申し上げたため、 SanKaku様は開発部長の年齢を誤って記憶されたのです。

 それで SanKaku様は、開発部長が実際よりもずっと年上のように発言されたのです。
 その結果、あのような行き違いが生じて・・・・


 要するに、給仕の報告によると開発部長の年齢を勘違いした館員が、たまたま通りかかった開発部長に対して、実際より歳を取っているような発言を行ったようだ。
 それに対して、開発部長が誤りを訂正しようとした結果、談話室が若干気まずい雰囲気になったらしいのである。

 その原因は案内係の不注意、というより無知による無邪気な発言だ・・・報告書は、そのように結論している。

 黒船館のお客様が不愉快な思いをされることは、絶対に許されない。
 そのようなことは、あってはならない。
 それは身を以て覚えさせなければならないし、不手際は償わなければならない・・・

 結論は、ハッキリしているのだ。
 ただ問題は、その方法、ね・・・マキは再び考え込んでいる。


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 不意にマキは机の引き出しを開け、小さなガラスのケースを取り出した。
 ケースの中には、真珠の頭を付けたまち針が2本、敷かれた黒いスポンジの上で、冷たい光を放っている。
 蓋を開けたマキは、その内1本を取り出し、ジッと凝視している。

 その針の部分は、5センチはあろうか。通常のまち針よりやや太く、長い。
 目を近付けてよく見ると、先端から1センチ位のところに、棘のような小針が3本、120度の間隔で植え込まれている。
 さらに5ミリ程のところにも3本、最初の小針の間を埋める向きに、取り付けられている。
 この小針の長さは1ミリもない。
 拷問器具開発部長・彦坂九兵衛の苦心の作だ。

 先日の幹部会議でこれが発表された時、医学博士の素浪がその講評で言っていたのを、生々しく思い出す。

 ・・・針を躰に刺すのは、恐怖感はともかくとして、刺す部位によっては以外と痛みを与えない場合がありますナ。
 しかしこの、開発部長が研究した針は、途中に植えられた、棘のような小針のため、何処に刺しても猛烈な激痛を与えることになります。
 なんと言っても半径1ミリ以内にある痛感神経を、まぁ、いわば逆撫ですることになりますからナ。
 それも、2回もです。

 しかも、この針の素晴らしいところは、それだけじゃナイ・・・
 普通の針ですと、刺されて暫くすると、痛みは熱になってしまう・・・
 暑く感じるようになってしまうのですが、これはいつまで経っても激痛が引かない。

 この棘が神経を刺激し続けるので、刺された犠牲者は恐らく失神もできない程の痛みを、感じ続けることになりますナ・・・

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