官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第14話 ~生きる知恵 阿り (おもねり) ~

 せっかく頑張ってここまで漕ぎ着けたのです。 千里さんにとって休んでいる暇などありませんでした。 結審に至るまで何としても生き延びねばならないと考えていました。 でなければ如何に汚名を着せられたにしてもここで頑張ってこれを晴らさなければ実の娘である美月ちゃんに不幸を背負わせることになるからです。

 だからと言って生き延びる為誰かれ無しに過去の秘密を暴露しまくることなどできません。 それこそ余計に重荷を背負わせることになるからです。

 ともあれ今は恐らく次回公判が結審になるでしょうから無事出廷できるよう頑張りぬくしかなかったんです。 房内で知りえた情報によると初犯で、しかも過去の判例は全てと言っていいほど執行猶予がついていましたから逃げないで出廷さえすればそれで十分なんです。 

 仮釈には何処かの誰かが裁判費用を納めてくれてますので野宿しながらでも働いて返さなければならないんです。 そのためにも過去は過去としてこれから先頑張るしかないんだと覚悟を決め翌日から働き口を探しました。

 弁護士にだけは居場所を知らせ、手間賃仕事を求め しかしながらできうる限り身分を隠し生きる為方々流れていきました。

 まず真っ先に探し当てたのが清掃作業でした。 これまでやってきたことがやってきたことでしたので清掃業のような業種に潜り込むのは比較的簡単でした。 清掃業を差配する不動産業はいわば裏の仕事だから同業を相哀れむような考えの方たちが多くお願いしやすいんです。 その中でも特に嫌われるマンション・コーポの外回りの掃除を受け持たせてもらいました。

 時間当たりの賃金が室内清掃、中でも引っ越し後の清掃に比べればかなり安い割には埃にまみれ気が付かないうちに体中を目に見えないような蜘蛛が這いずり回り湿疹やかぶれを発症させる。 そんな現場なんです。 しかし千里さんは自分がその日食べていければそれで良かったので、というより色気で稼ぐわけではなかったので仕事を回してもらえただけありがたかったのです。

 清掃会社の先輩 (と言ってもかなり年下) に乗せてもらい担当するマンションなりコーポなりに掃除道具と共に車から降ろして (放り出してが正しいと思えるような状態) もらい、指定時間内にその建物の外周を掃除して回り回収してもらうのを待つんです。

 如何にも簡単そうに見えてポイントポイントを見極め掃除していかないことにはこんな業種でもライバルがいてたちまち蹴落とされます。 当該コーポは元々A不動産に所属していたものが清掃の仕方が気に入らないからB不動産に乗り換えたという風にです。

 言葉でいうのは簡単ですが、こういった方式の家に住む住民は玄関ドアの外を清掃することなどまずありません。 派遣された最初のコーポでのこと、とっかかりにまず二階から始めようと階段を上がり二階の一番奥の部屋に向かいました。 その途中の廊下に大きな蜘蛛が巣を張っていて、しかも太陽光の加減で気付かなくて頭から飛び込んでしまい全身蜘蛛の巣だらけになりました。 が、よくよく見ると辺り一面蜘蛛巣だらけでよくこんなところに平気で住んでるなあって感じなんです。

 熱い季節ということもあって蜘蛛に加えツバメが至る所に巣を作ってるんです。 天井と言わず壁と言わず、もちろん床もツバメの汚物だらけなんです。 これに蜘蛛の汚物も加わって濡れた雑巾や束子で擦るんですがなかなか汚れは落ちてくれません。

 女の身で脚立を担ぎ二階に上がって脚立の上で壁や天井をくまなく拭きまくるというのはかなりの重労働でした。 そうこうするうちに先輩を通じ会社から・・・というよりオーナーから不動産を通じてます会社に連絡が入ったんでしょう。 ツバメの巣を取っておいてくれと言われたんです。 巣には孵化したばかりの子供がいます。 騒ぎ立てる親鳥に詫びながらごみ袋に生きたまま放り込みました。

 周囲に落ちてるごみを箒でササっと掃いて終わりかと思えばまるで違い、転落防止の手すりなど一本一本丁寧に拭き上げなきゃいけないんです。

 給料が安い分気楽に箒を振り回していればそれで良いと考えてたのが大きな間違いでした。 履歴書が無くても雇ってもらえたのはこういった業務内容に音を上げ次々に人が辞め人手が足りないから雇ってもらえただけだったんです。

 藤乃湯の離れの小屋で寝起きは出来ましたが暑さと疲れで食欲などわくはずもなく、日一日と弱っていきました。 余分なお金を持たないから喉が渇いたらコーポの外の洗い場の蛇口から直接水を飲んで渇きをいやしていたのが良くなかったようなんです。

 千里さんはとにかく頑張ってきれいにして回りましたが会社自体が零細で辛い夏場だけ仕事を与えてもらえたものの秋になり辺りが涼しい風が吹き渡るようになると待ってましたとばかりに大手に食われ、ひとつ減りふたつ減りと食われて行ってとうとう先輩方々を優先するため休んでもらわなきゃならないとまで言われ月の半分も出勤させてもらえなくなり辞めざるを得なくなったんです。

 ですがこれは辞めたいから辞表をというんじゃなくて仕事が無いからが理由でしたので社長にお願いし別のバイトを探してもらいました。 辞めさせたくなかった千里さんに多少でも良い顔が出来たものだから社長もご機嫌でした。 それが繁忙期 (昼食時間と夕食時間) の皿洗いでした。 飲食店は賄い飯と名の付く皿洗いにとって残飯処理のような飲食が別につきます。 時間給は安いんですが時々入る掃除のバイトと合わせれば生きていけないことはないんです。

 不満は当然ありますが今を生きる為当面辛抱しこれで食いつなぐことにしました。 良かったことと言えば食費に窮し暑さも加わり痩せこけていた躰が賄い飯で幾分元に戻りつつあること・・・かもしれません。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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