官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第15話 ~法律のはざまで~

 千里さんは藤乃湯旅館で行っていた過剰サービスが原因で逮捕・起訴されています。 もしも裁判で執行猶予が付いたにしても執行猶予が解けるまで逮捕・起訴に至った内容のことを行うと執行猶予が解かれ再逮捕されれば過料は前判決に上乗せとなります。

 たとえそれが生活に困るからとか食べるものがないとかの理由で逸脱したにしても仮釈は取り消され仮釈の折に誰かが支払ってくれたであろう保釈金は没収され次の裁判に向け新たな費用が発生します。

 最初の仕事、清掃業は問題なかったにしても飲食店関係は気を付けなければなりません。 場合によっては起訴内容に抵触するからです。 飲食店の大分別は 『宿泊業』 と 「飲食サービス業』 になりますが、千里さんの場合宿泊業は限りなくイエロー・カードなんです。 もちろん稼ぎが良いからと飲食業でもピンサロやキャバレーに職業として出入りしたりすれば一発アウトです。

 ここいらが難しくて、例えばオーナーとか店舗系列にそれらが少しでも混じっていたりすれば結審に影響が出るのは必須です。 紹介してくれた社長が組との繋がりがあったり飲食店がみかじめ料を払っていたりし、しかもそれを知っていて務めたりすればアウトだからです。 千里さんは賄い飯を頂く折とかを利用しまさかの情報を得ようとしました。
 千里さんは第一回公判が行われて後弁護士からこれまで住んでいたところから離れないよう重々言い渡されていました。 勿論それは第二回公判に備え住居移転をしてしまうと、もうそれだけで逃亡を疑われ評価が下がりまじめに働いていたとしても判決に優位に働かないからです。

 しかし千里さんがここに頑なに留まろうとするのは弁護士に言われたからではなくひょっとして司が・・・という気持ちがまだ心の奥底にあったからでした。 裁判や仮釈の費用を捻出してくれたであろう人に思い当たらない以上まさかに払ってくれているとすれば司以外に考えられないからでした。 そのためにもどんなに苦労しようとも潔癖な職業に就く必要があるからです。

 ところが千里さん、たとえ想い合う仲になれたとしても自分の過去については決して口を開くことなくこれまで生きて来てたんです。 口を開いて良いことなどひとつも無いからでした。

 藤乃湯旅館でどれほど男心を惹き付け、それで宿泊業が上手くいっていたことか。 それを考えると如何にも場違いな清掃業とか飲食サービス業の皿洗いに潜り込んだにしても、どうしても浮いた存在になります。 心を開いて話しをしてくれるものなどいるわけがないんです。

 かと言って知らぬ存ぜぬで起訴内容に準じたような職業を選択し務めていたとすれば罰則を科されても仕方ないんです。

 思い起こせば皿洗いを紹介してくれた社長さん、その親切が何処から来たのか。 それこそが女を口説き落とそうと試みたからではないかと千里さんもうすうす気づいてはいたんです。 卑劣な手段ではあっても相手から何かを引き出そうとすればこれしか無いように思えたんです。

 そうと決まれば急がねばなりません。 遅くなればなるほど思わしくない結果が付いて回るからです。 普通こういったとき女はまず男の気を惹くため装います。 しかし千里さんには事件直後家宅捜索に入られほぼ全ても持ち物は押収されていて気の利いた衣服ひとつありません。 化粧道具ですら押収の対象になったんです。 必要ないとはいえ常に着た切り雀なんです。 仕方なく千里さん、目顔で相手を惹き付けることにしたんです。 決して危ない橋を渡らないよう十分注意を払いながら。

 よそ者の司が掘割を歩いているとき目を付け一目で惹き寄せられたぐらいですので顔立ちは元より目つきだって十分惹き立ちます。 下手に下心を見透かされるのも嫌だから清掃会社の社長に日頃のご恩に感謝してと挨拶に出向いてみたんです。 流石にオーナーだけのことはあります。 千里さんのこれまでの経緯 (藤乃湯旅館でのことのみ) を良く知っていましたので近寄るのは割と簡単でした。

 やっとその気になってくれたのかとでも言いたげに社長は早速千里さんに向かってプレゼント攻勢をかけて来たんです。 それも司が行ったような心こもるものではなく、どちらかと言えば貰い物の中で捨てるに値するようなものを横流しし千里さんに押し付けてくるんです。 野菜屑であったりリサイクル用品、つまり着古しの衣服であったり・・・です。 渡してくれた後は必ずと言っていいほど躰の要求がありました。

 事務所の外に止めていた車に案内されトランクから荷物を取り出し、それを渡すから助手席に乗れといわれました。 その次に皿洗いしているところに現れ終わったら近くの喫茶にと言われました。 このようにしてドライブとなり食事会となり、とうとうホテルに入ろうとまで誘われ始めたんです。

 それらについて完全に受け取りを拒否すれば懐に入り込めません。 逆に全て受け取ったりすれば恩を着せられます。 そうならないためにこの後何か受け取る時は必ず事務所のみんなが見ている前で受け取りました。 お茶にしても喫茶にふたりで入るようなことはしないで事務所で頂いたんです。 時間はかかりましたが事務所に居座るような格好になったことで会社が、社長が誰と親しくしているかを知ることが出来ました。

 千里さんも伊達に藤乃湯旅館で夜伽をしていたわけではありません。 男らが挙って彼女を選んだわけはどんな世界にでも通用する知識を持ち合わせており、しかも気が利き利発だったからです。 事務所のメンバーと顔なじみになると自慢げな話しが飛び交うようになります。 その中に聞き及んだ名前が出て来たんです。 極道会に何らかの繋がりがあることが分かったんです。

 年末決算期には大きなお金が動きます。 その時になって事務所に妙な電話が入るようになったんです。 暇さえあれば女を買うか賭博に走るかしていた社長の動きが妙に神妙になったんです。 それでわかりました。 裏帳簿を作りせっせと蓄えた予備のお金をごっそり請求されたんだと思います。 組織の名を語って相手を脅す代償としてのみかじめ料です。

 事務所を出ると真っ直ぐ自宅に向かうようなふりをして自宅近くで急に方向を変えある建物の裏に回りました。 そこに千里さんを付け回す生活安全課の刑事が立ってました。 千里さんは事情を話し第二回公判までの警護をお願いし帰宅しました。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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