官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第13話 ~女囚~

 事件に発展したのは確かに鉈を持った男が千里さんを脅して犯そうと藤乃湯旅館の離れに押し込んだのが発端でした。 しかし通報者は有本千里の名と彼女の噂をよく耳にしていましたので痴情のもつれと電話に向かって口走っていたんです。 然るに男を現行犯逮捕し署に連行し調べようにもどうしても参考人として千里さんを召致せねばならなくなったんです。

 不幸にもこの段階で千里さんは事件のことで男が取り調べ中に一体何をしゃべったか知りえません。 しかし警察としては調査がどこまで進んでいるかを知られないためにある程度可能性のありそうな事例を持ち出しと言いましょうかでっち上げ揺さぶりをかけてきます。 千里さんは事件の関係者からではなく房で知り得た感触のみ頼りに回答しなくちゃなりません。 恐怖感にさいなまされ、早く解き放って欲しいものだから必要ないことまで正直にしゃべっちゃうことだってあるんです。

 被害者として任意の取り調べに協力したはずなのに、いつの間にか加害者側 (別件逮捕) になってしまってたんです。 任意同行の要請が男が現行犯逮捕されてしばらく経って行われたのは調べていくうちに署として別件逮捕が妥当ではないかとの上層部の判断で召致を経て逮捕したからでした。
 任意の聞き取りの調べと拘置所に入れられてからの取り調べでは随分違います。 参考人に参考までに意見を聞くのと犯罪者と決めつけ 『私がやりました』 と言わせるべくゲロさせるでは随分違うんです。

 まず任意で来させ、形だけ調書を取りつつ拘置の要請を裁判所に提出し回答を待ちます。 早ければ署と裁判所の往復の時間にわずかにプラス程度で許可証を持ち帰れます。 わざわざご足労願って調査に協力・・・だったはずが取り調べ中にいきなり裁判所の令状を突きつけられ逮捕となるのです。 逮捕状が読み上げられ手錠を掛けられるんです。

 千里さんは拘置所内の簡易な医務室に連れていかれ身ぐるみはがされ裸身のまま身体検査が行われ隅々まで何か隠し持ってないか調べられます。 ゴム手袋を付けて膣内に指を差し込み調べられますし、四つん這いにさせられ同じように肛門内も調べられます。 この間に医師の簡易な健康診断が行われ囚人服に着替えさせられ個人の持ち物は全て取り上げられ檻の中に閉じ込められるんです。

 後になってモンタージュ写真が撮影され全指の指紋の採取まで行われます。

 これ以降は名前ではなく留置番号 (囚人番号ではないが雰囲気は全く同じ) で呼ばれます。

 任意での取り調べと違い房から出る折には手錠を掛けられ腰縄が巻かれます。 唯一手錠を掛けられない場所と言えば檻の外、つまり房内 (第一の鉄格子の内側) で点呼、洗面・掃除、風呂及び運動に出される場合は例外です。 調べ中、この拘束具で椅子に縛り付けられ質問が浴びせかけられるんです。

 署の房から見える外は空のみです。 何か情報を得ようとすればそれは同房の被疑者か官憲以外にありません。 そして双方ともいつ検察の調べが行われ、いつ裁判が行われ、いつ署の房を出て拘置所 (刑務所に入る前の房) に移されるか、それのみが話題となります。

 もっと早く言えば被疑者ではなく囚人に、いつなれるのかを競うようになるんです。 慣れてくると自慢げに前科を話して聞かせるものも出てきます。

 例えば窃盗など、逮捕されることになる県では行わず県外に出て荒稼ぎし隠しておいて県内に舞い戻ってわざと小さな窃盗をし逮捕される・・・ように仕向けるんです。 裁判にかけられ判決が下りさえすれば過去の罪は問われませんし、所轄もわかっていても県を跨いで調べたりしません。 仲間内で出世進退を賭けたような争いになるからです。 隠しておいた金品は財産となるのです。

 囚人と違うのは訓練だの労務だのがありません。 ひたすら警察官の調べが行われ、或いは検察の調べが行われ、また裁判が行われる時間を寝て待つのみとなります。

 自由な場所と言えば檻の中のトイレのみなんですが、洋式ではなく和式です。 生理用品も時代遅れのものが用を足す足さないにかかわらず配られるのみです。

 飲食で自由になるのはお茶で番茶がふるまわれるんですが何倍飲んでも一向に構いません。

 署の房にいて調べが続いている間は被疑者であって前科はつきません。 しかし裁判所に送られるとほぼ99%判決に前科が付きます。 なのに先を急ぐんです。

 千里さん、抜け出すことも何時出られるかもわからない房内で次第に不安だけ募りました。 週二度程度入れるお風呂だって監視下で入らされるとあって精神状態はボロボロになりました。 わけても面会に誰も来てくれなかった、信じていた人が来てくれなかったことで決定的に精神が乱れたんです。 生涯前科者であるという自覚が芽生えるんです。

 司は面会に訪れなかったわけではありません。 県境をいくつも越えて遥か彼方へ面会に出かけて行きましたが司からの情報流出を恐れ面会の許可が下りなかったんです。 こういった人物からの差し入れも全く認められません。 千里さんはだから弁護士と会うことだけが救いとなって行ったんです。

 房に備え付けられている単行本を読み、1日12回365日毎回同じメニューの食事を食べ、ひたすら外に出られる日を待ち望んでいたんです。 他の者は逮捕されたときある程度所持金を持っていたらしく、或いは差し入れがあるらしく時々お菓子を購入したり出前を取ったりするんですが悲しいかな千里さんにはそのようなものは皆無だったんです。 署から出されたものは他の人たちと違い例え吐くことがあっても下痢したりしても全て食べ体力温存に気を使いました。

 体内からの違法薬物の影響を無しにしなければ裁判を受けることも仮釈放も望めません。 幾度も幾度も拘留を延長され、次第に重い罰について白状させられサインを求められ人間として諦めかけたころになってやっと第一回公判が行われたのです。

 同房の連中はほとんど拘置所に送られたというのに千里さんの番号を刑務官は待てど暮らせど呼んでくれないんです。 第一回公判が行われました。 起訴状には風営法違反と麻薬及び向精神薬取締法違反について検察側の論告求刑があり、千里さんは裁判官に問われこれを認めました。 あれからもうそろそろ3週間が経とうと、拘留されてからでも半年以上過ぎるであろうという頃となったある日の午前10時、第一回公判が終わりもう調べはないはずなのに突然檻の中の千里さんに向かって看守から呼び出されました。 千里さんはまた調べが始まるか弁護士接見が始まるんじゃないかと鬱々とした気持ちで勘ぐりました。 ところが房のふたつめの扉が開け放たれた瞬間 「〇〇番 保釈」 と言う声が耳元で響いたんです。

 仮釈放でした。 被疑者服を返納し、ここに着て来た衣服と持ち物が返納され着替えさせられ裏口から放り出されたんです。 そう、正しく用無しと放り出されたんです。

 仮釈の連絡は弁護士にしか伝わっていません。 署の裏口を出たとて誰も迎えに来てくれていないんです。 確かに朝食は与えてもらいました。 しかし無一文の千里さんの明日は約束されなかったのです。 親切丁寧に呼び出しておいて、これから先生きていけるかどうかの心配すらしようとしないんです。

 夢にまで憧れた美しい景色は手に入りましたが、一夜の宿も食べ物も一切合切取り上げられ外に放り出されたんです。 だからと言って犯罪を犯した県から外には出ることが出来ないんです。 判決が出るまで仮に檻から出して頂いただけだったんです。

 この県でこれから先生きていく場所として思い当たる所と言ったら夜逃げしてきて拾われたわけですから藤乃湯以外にありません。 署の房とは距離的にも随分かけ離れていましたが千里さん、方向を見定め懸命に歩きました。 しかしやっとの思いで辿り着いた藤乃湯は既に閉鎖され随分経過していて荒れ放題となり、もう誰も住んでいませんでした。 崩れ落ちるように司が懸命に手入れしてくれた思い出の残る藤乃湯の庭にへたり込んでしまったのです。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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