官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第7話 ~足手まといな雑用係~

 司を藤乃湯に導てくれた土産物店の店員も、そしてあの竹細工屋のご主人までをも困惑してしまうほどに彼の風体が変わっていったんです。 ひとつにそれは一日二食しか賄ってくれない、それも見た目は確かに懐石風に見えますがその実豆腐のおからを再利用しこしらえたような見た目だけの食材でごまかされていたからです。 そしてもうひとつは司が自ら望んで慣れない旅館の下働きを始めたからでした。

 投宿するやいなや不平不満を言い立てたシーツの洗濯・交換から風呂、それに飯場を思わせる食堂と食事等々、それらすべてを千里さん独りで用意から片付けまでこなしていることに気づいたんです。 自分は確かに男でしかも旅館にとっては客です。 その男児がなんだか気力・体力が削げ落ちるような気がするほど粗末な食事を供されていた、ということは千里さん母娘の食事は如何ばかりかと思わずにいられなかったんです。 恋する女を想うあまりとうとう千里さんの足手まといになるとも知らず、しかも女将に許しをも得ず勝手に旅館の中をごそごそいじり始めてしまっていたんです。

 司が最初に手掛けたのが造園の方でした。 荒れ果てた庭の小草を引き抜き、散歩中に親しくなった方々から譲り受けたヤブランを植えたり池の畔にアヤメを持ってきたりと、それが泊り客のすることかという風なことから始めたんです。
 ここに至るまでの司さんは尋常でない煩悩に明け暮れました。 恋する女が日ごと夜ごと一夜の契りを結ぶために漢の閨に忍んでいくのです。 脳裏にその光景が浮かび気も狂わんばかりになりました。 でも、そうこうするうちにこうせざるを得なかった彼女の心のうちは如何ばかりかと思うようになり始めたんです。 一晩寝ずにもがき苦しみその思いに至った翌朝、もう司は誰より早起きし庭に出て土いじりを始めていました。

 旅館の裏に回り、風呂の焚口から溜まり過ぎた灰を懐から取り出した買い物袋に押し込み裏木戸を抜け何処かに持ち去ったのです。 泊り客はともかく旅館の朝は一般の人たちが考える以上に早いんです。 静かに音を立てないよう台所方では泊り客の食事の準備が始まっていました。 それをあの部屋に並べ終えると千里さんは周囲に気づかれぬよう自分の住まいに庭を通って帰って行くのです。

 「おはようございます。 朝早くからお疲れ様です」 こう言って通り過ぎようとして千里さん、腰を抜かさんばかりに驚きました。 まさかに恋する人が庭に入り込んで土いじりをしていようとは思わなかったからです。

 「・・・あの・・・ひょっとしてお風呂の焚口の灰を・・・」 恐る恐る聞くと 「はい、溜まり過ぎていたもので別の場所に持って行ってうつしておきました」 良いことをしたとばかりにこう応える司に 「そうですか・・・悪いけどもうやめてください」 真剣な目でこう言われてしまったんです。 「ああされると焚口に漏れ出た水で火が勢いよく燃え上がらないんです」 こう言ったことを始める前から分かっていたおせっかいであるとのお叱りの言葉を千里さんの口からきいてしまったんんです。

 自己嫌悪に陥りました。 しかし時間が経つとまた、このまま千里さんに苦労ばかり押し付けてなるものかという思いがふつふつと湧き上がってくるのです。 そうすると躰が勝手に動いてしまうのです。 泊り客ならでは気付いた誰にもケチを付けられなかった庭師の仕事をまた始めてしまいました。

 何故にそこから始めたかというと、それは泊り客が出す生ごみの処理を彼女にさせたくなかったからです。 賑やかに飲み食いした後のなんという散らかりよう、家族も客も寝静まった後になって千里さんはこれらの食器を洗いあげ、生ごみとそうでないごみを分けなければならなかったんですが、問題は生ごみで、旅館であるがゆえにもって行き場がないものだから千里さん、美月ちゃんと寝起きする小屋の玄関にそれを置いておくのではないかと思われたからです。 恐らく彼女らの住まいこそ以前そのために建てられた物置小屋ではなかろうかと思えたからです。

 司さんはそれを日々貰い受け、知り合いになった方の雑草地の外れに穴を掘りそこに持って来た生ごみをうつしぼかし肥料を作ることにしたんです。 せめても千里さんと美月ちゃんの住まいをゴミ置き場ではなく旅館も含め周りを美しく飾りたいと思うようになっていったからでした。

 なけなしの貯蓄を切り崩し、それでも足りないであろうからその分を親から借金し旅館に居座りこれらを行うことにしたのです。 旅館内では客のなりをし、一旦庭に回れば一見庭師のような格好をして旅館の雑仕事をこなし始めたんです。

 こうして信用を得て風呂焚きを含め外仕事全般を千里さんの指示を仰ぎこなすようになっていきました。

 給金を頂いて行う業務ではありませんので、その合間を縫って約束通り休みになると美月ちゃんの遊び相手を務めたんです。 時間が経つにつれ母親の千里さんではなく美月ちゃんがなついてきて何処に行くにも一緒にくっついてくるようになっていったんです。

 庭の手入れはなるほど旅館にとって必要であったかもしれませんが、それ以外の雑用は年期から言っても出来栄えから言っても千里さんに叶うはずもありません。 泊り客の司に面と向かって言えないものですから女将は、その分千里さんに辛く当たるようになっていったんです。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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