官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第6話 ~通い妻~

 千里さん母娘との仲を取り持ってくれた人々の間をくまなく回り、その内情を調べ上げたうえで宮内司は急ぎ親元に連絡を取り、当座のお金を借りました。 そのお金を持ってその日の午後、早いうちに藤乃湯に宿を申し込んだのです。 竹細工屋にふらりと現れた時の風来坊スタイルではなくちゃんとした身なりで泊りの予約を入れました。

 千里さんとの仲を取り持ってくれた人すべてが口をそろえ、身なりさえ整えればあの女将は女を買うために来た客だと勘違いするはずと教えてくれたからでした。

 泊まってみて分かったのは母娘の扱いの粗末さでした。 敷地内の片隅に物置小屋のような建物が建っていたんですが、千里さん母娘はそこに押し込められ棲み暮らしていたんです。

 ここに住まわせた理由のひとつにはその忌まわし気な役目があるからでしょう。 他の客人が寝静まった深夜、男の元に忍び足で夜伽に伺うには便利なことこの上ないのかもしれません。 しかし夏もあれば冬もあり、晴れる日もあれば雨の日や雪の日だってあるんです。 飛び石を伝って忍んでいくことのいかに大変なことか。

 司があそこで出逢わなかったら生涯、千里さんはこの境遇を誰にも知られることなく、やがて年老いて朽ち果てていたでしょう。
 司は観光街の人々の教えに従って藤乃湯に泊り客として、いや、雇女を買うために潜り込みました。 潜り込んだ筈でした。 ところが女将は司が一見 (いちげん) だというだけでお金だけたっぷり搾り取り、ちゃっかりごく普通の部屋に案内したのです。

 噂に聞く雇女が食事を携え部屋を訪うどころか、宿を申し込み部屋に通されたときからして女将の案内だったのです。 しかも 「お食事のご用意が出来ましたら電話を鳴らしますから、鳴ったら入ってこられたところのすぐ脇の部屋にお越しください」 と、こう言いおいて立ち去ったのです。 座卓の上を見ても普通旅館ならある筈のお茶もお菓子の類もありません。

 雇女を買うにしては妙だなと思いながらも、狭い部屋から何が見えるわけでもないので寝っ転がってその時を待ちました。 果たして夕方もまだ早い時間に電話が鳴ったのです。 言われた通り旅館の玄関の方に向かうと女将がこちらですと案内してくれたのです。 入ってみて驚いたのは窓も何もない狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めに長テーブルと粗末な椅子が並べらべ置かれ既に食事も並べられており適当に座るだけとなっていたんです。 接客どころか人夫風の男たちが半裸で食事をしているところに出くわしたのです。

 すべてが盛りきりの食事を勝手に食べて部屋にさっさと引き上げろというのがこの旅館の一般客への扱いだったのです。 それでいて他はともかく司にはホテル料金よりかなり割高の請求をかけて来てたのです。

 食事を終えて部屋に帰ってテレビを見ているとまた電話が鳴り、受話器を取るとお風呂へどうぞと女将に言われたんです。 その場所に行ってみて驚きました。 狭い浴室内、それよりもさらに狭い浴槽で先ほど食事で一緒だった連中とのイモ洗い状態での入浴となったのです。

 「こんな状態じゃ皆さんにご迷惑が掛かりますから、もう少しして来ます」 と言うと、その中のひとりが 「早く済まさないとここの家族が入りなさる」 と、こう言うんです。 「ご家族と客が同じ風呂にですか?」 呆れて問うと 「湯が熱いからと水を入れ過ぎないように」 すかさず警告が飛びました。 薪で風呂と焚いてるためぬるくすると直ぐには沸かせないらしいんです。

 さして広くもない浴槽にこれだけ沢山の人たちが入ったら汚れが落ちるどころかかえって汚くなるんじゃなかろうかと思えるほどでしたが、ここいらの旅館ではこれが一般的らしいんです。

 (こんな状態で千里さんと美月ちゃんがゆっくりお風呂に入れる筈がない) そう考え脱衣所の洗面台で顔を洗い歯を磨いて引き上げ時間を置いてもう一度風呂場に出向こうとすると、何故か浴室のある廊下の突き当りの戸に鍵が掛かりそこから奥に出入りできなくなっていたんです。 ひとつのお風呂に脱衣所がふたつあり、一方が使われているときはもう一方に鍵が掛かり・・・という風に使い分けているようでした。

 腹が立つわ疲れからか体中から脂汗が流れるわで寝つけず、再三に渡って浴室に入ろうと出向きましたがとうとう開かずじまいで朝を迎えたんです。

 旅館の庭の向こう側に建つ離れに誰か出入りする者はいないか、暇さえあれば見張っていましたがどうやらこの旅館の出入り口は別にもうひとつ何処かにあるらしく、この日はとうとう千里さん母娘の姿を見ることは出来ませんでした。

 朝になり布団を上げてくれるために誰か来るだろうと待っていると電話がワンギリで鳴りました。 食堂に出かけ昨夜お風呂のことを教えてくれた男が丁度食事中でしたので布団上げはいつ来るのかと聞いたんです。 すると 「ああ、布団は枕元に丸めて置いとくのさ」 いとも簡単にこう告げたんです。 布団上げどころかシーツ交換も汚れない限り行わないというのがここのやり方だったんです。

 「じゃあ皆さん長期滞在で?」 「儂は今日の仕事を終えたら帰るんじゃ。 他の奴らは知らんがな」 と、素っ気ないものでした。

 千里さん母娘の様子を探りに旅館に潜り込んでいる以上、この連中と違う行動をしては目立つだろうからと司は、泊り客が宿を出ていくのに合わせ荷物をすべて持って女将には観光に出かけてくると言い残し旅館を出て行ったのです。

 どうせホテル以上に料金をふんだくられるならせめても布団の上げ下げやシーツ交換ぐらいやってくれても良いじゃないかと思ったからでした。

 図書館で時間をつぶし、ついでに公園内をぐるっと回り夕方近くに旅館に帰ってくると真っ先に女将は泊り賃を請求し、お部屋は覚えておいでですねと言うなり出て行った時と寸分も変わっていない部屋に向かって顎をしゃくってくれたんです。 

 昨夜は気が張って眠れませんでしたので、食事やお風呂が終わると流石に睡魔が襲い、ついウトウトしてしまったようでした。 肌寒さを感じ目が覚め廊下に出て庭に目をやると、果たしてそこに見慣れた姿があったんです。

 物陰に身を潜めるようにしながら恐らく、今宵の漢の元に夜伽に向かうのでしょう。 飛び石を伝い旅館の裏手に回ったところで姿を見失いました。

 その時間、物置小屋は闇の中にあったのです。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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