第2話「南禅寺界隈にて」
「この辺りで止めてくれるかな?」
タクシーは南禅寺参道の入口附近で止まった。
日暮れ時ということもあって、南禅寺で参拝を終えて帰る人の姿もまばらだ。
「ほんまにこの辺にラブホテルあるん?」
タクシーを降りて歩き始めると、惠がポツリとつぶやいた。
「直ぐだよ」
俊介は小声でささやくと少しはにかんだ。
ふたりは信号を渡ると急に狭い道へと入っていった。
わずか1分足らずで左手にメルヘンチックなラブホが現れた。
「うわっ、ほんまやぁ、あった~! まるでおとぎ話にでも出てきそうな建物やねぇ」
「そうだね。東山の景観とちょっと不釣合いな感じがしないでもないけどね」
「ふうん、せやけど表通りとちごて(違って)、通りから入った目立たへん場所にあるからええんやろねぇ」
「さあ、入ろうか」
「うん」
ふたりはいそいそと自動ドアを開く。
「……!」
エントランスホールに入ると待機している3組のカップルが目に飛び込んできた。
1組はパネルで部屋を選んでいる。
点灯しているわずかな部屋から選ばないといけないので迷うことも少ないはずだ。
他の2組は待合コーナーのソファに座って退屈そうに順番を待っている。
「満員みたいやねぇ……せっかく来たのに……」
「そうだね。この近くにもう1軒あるようなので、そっちへ行ってみようか?」
「いや、待ってみよ。うち、このホテル気に入ってしもたし、ここにしょう。待ってるカップル2組やし、直ぐに空くんちゃう?」
待合コーナーは半透明のパーテーションでカップル単位に仕切られているため互いの顔は見えないが、カップルのヒソヒソ話は漏れてくる。
ふたりは空いているソファに腰を掛けて順番を待つことにした。
順番が来るとテレビモニターを通して連絡してくれるので後は時間を待つだけだ。
しばらくすると、順番が回ってきたようで隣のカップルがソファから離れていった。
「次の次やね。うち、何かドキドキしてきたぁ」
「どうして? ふたりは今日が初めてという訳じゃないのに」
「なんでやろ……もうじき俊介にすんごい(凄い)ことされるとおもたら、えろう緊張するねん。変かなぁ、うち……?」
「そんなこというから僕まで緊張してきたよ」
「あはは、緊張て伝染するもんなんや」
テレビモニターにバラエティ番組が写し出されているが、ふたりとも目に入っていない。
待つ時間がやたら長く感じられる。
まもなくテレビモニターに部屋案内を告げるメッセージが流れた。
「あ、うちらやわ」
惠は飲み掛けの缶コーヒーをテーブルに置きすくっと立ち上がった。
エントランスホールからエレベーターに向かう途中、ふと見ると新たな2組のカップルが訪れていた。
「ほんまこのホテルよう流行ってるねぇ」
「正月だものね。初詣の帰りに寄り道したくなるんじゃないかなあ」
「うちらもそうやもんね」
惠はにっこり微笑み俊介の顔を見た。
エレベーターの扉が開いた。
俊介が3階のボタンを押す。
🏩🏩🏩
「わぁ~、かわいい~! 室内は乙女チックやわぁ~!」
惠は少女のようにはしゃいでいる。
部屋は適度に広く柔らかな照明が部屋の随所に施されている。
ベッドは左側の隅に配備されており、ピンク色のベッドカバーが部屋全体の調度品とよく調和しているように思えた。