Shyrock作
第１話「銀閣寺参道にて」
１月２日、大阪に住む恵は恋人の俊介とともに京都へ初詣に訪れていた。
ふたりは平安神宮を参拝した後、俊介が銀閣寺を見たいと言い出したため立ち寄ることになった。
東京生まれの俊介にとって古都京都は憧れの街であり、普段から時間があればぜひとも訪れたいと思っていた。
陽が西に傾き始めた頃、ふたりは銀閣寺の帰リ道、参道に建ち並ぶ土産物屋の前で立ち止まっていた。
「ほう、八つ橋を焼いている。いい香りだなあ。ねえ、恵、せっかく京都に来たんだし、土産に八つ橋を買って帰ろうか？」
「そやねえ、どれ買う？ 種類が色々あるんやけどぉ」
「恵は白餡が嫌いだって言ってたけど、黒餡だったらだいじょうぶだね？」
「うん、黒餡やったら、粒餡でも漉し餡（こしあん）でもいけるよぉ」
「じゃあ、この漉し餡にしよう。これ、１つくれる？」
「おおきにぃ～」
ふたりは土産に漉し餡入りの生八つ橋を買うことにした。
「京都は八つ橋以外にも土産って種類が豊富だね」
「そうやねえ、いっぱいあリ過ぎて何買うたらええか迷うわ、あはは。落雁（らくがん）も有名やし、美味しいお饅頭もようけあるしねぇ。せやけど全国的に有名なんはやっぱり八つ橋やねぇ。あっ、せやせや、五色豆も有名やったわ」
「五色豆？ まめ……？」
「どうしたん？ 急に」
「いや、急に豆が食べたくなったもので」
「えっ？ 八つ橋だけやなしに、五色豆も欲しいのん？」
「いや、その豆じゃなくて……」
「ええっ？ もしかして……こっちの豆やないと言うことは……きゃぁ～！ エッチ～～～！」
「おいおい、ここは道の真ん中だよ。恥ずかしいじゃないか。もっと声をひそめて……」
「あはは、そやねぇ」
「行こう……」
「行こうて、どこ行くん？」
「そんなこと決まってるじゃないか」
「あのぅ……もしかして……ラ・ブ・ホ……？」
俊介は黙ってうなずいた。
「せやけど、この辺にあらへんし、どこ行くのん？」
「タクシー拾って、南禅寺へ行こう」
「南禅寺？ あの辺にラブホあるん？」
「ある」
「俊介、京都の人やないのに、よう知ってるねぇ。さては以前、女の子と来たんちゃう？」
恵は俊介の手の甲をキュッとひねった。
「いててててて！ もう何をするんだよ～恵ったら～。違うよ。今日デートに来る前にネットで検索しておいたんだよ」
「ほんま～？」
「信用しろよ」
「一応信用しておくわ。あんまりいじめるんやめとこ。ほな、行こ？」
「うん」
⛩⛩⛩
「運転手さん、南禅寺へ行ってくれるかな？」
「南禅寺ですか。もう閉まるかも知れませんがよろしいのですか？」
「いや、お参りじゃないので。南禅寺の向かい側辺りで止めてくれたいいよ。」
「はい、分かりました」
運転手は何食わぬ顔でエンジンを掛けた。
銀閣寺から南禅寺までは大した距離では無いのだが、クルマだと哲学の小道を通れないため、迂回して南禅寺まで行くことになった。
