第15話「駆け落ちの計画」

「そもそも見合い結婚とはそういうものだ。再来週の日曜日に見合いの打ち合わせをするから来なさい」
「嫌です!」
「何だと! おまえはどうして私に立てつくのだ! 少しは事業家の息子らしく振舞えっ!」
「事業家の息子? 確かに僕は事業家坂巻泰三の息子です。しかし、僕には僕の意思があります。僕には僕の人生があります。親の言いなりにはなりません!」
「この分からず屋が!」

 パシーン!

 泰三は激怒して俊介の頬をてのひらで打った。
 近くで様子を伺っていた磯野が慌てて二人の間に割って入り、争いを止めようとした。

「旦那様! 俊介様を殴るのだけはお止めください! 俊介様、大丈夫ですか?」

 うずくまって頬を押さえていた俊介だったが、磯野の差し出した手をふりはらった。

「お前も同じ穴のムジナじゃないか! 僕に心やすく触れないでくれ!」
「いててっ!」

 俊介にふりはらわれた磯野はバランスを崩して尻餅をついてしまった。

 泰三が俊介にふたたび告げた。

「俊介、いいか、悪いことは言わぬ。めぐみとは別れなさい。めぐみには私が良縁を見つけてやるから」
「お父さんには人を愛するってことが分からないようですね」
「生意気なことをいうな!」
「僕はこの家を出て行きますよ。もちろん、めぐみを連れてね」

 泰三は顔を真っ赤にして怒りで肩を震わせる。

「くっ、な、何ということを! むむっ、俊介! おまえを勘当するっ!」
「はい、結構ですとも。勘当上等です」
「私の財産は一文たりともおまえにはやらんぞ!」
「あなたの財産など当てにしてません。例え貧しくとも僕は僕なりに生きて行きます」
「そこまで言うなら今すぐ荷物をまとめてこの家から出て行け!」
「分かりました。すぐに出て行きますよ。では」

 そのとき扉がバタンと開く音がして、メイド長の吉岡宇乃が飛び込んできた。

「旦那様~! どうか、どうかこの吉岡に免じて勘当だけは許してあげてください~!」
「ん? 吉岡か。めぐみのことを俊介に密告した張本人はおまえだろう? この愚か者めが!」
「確かに俊介様に告げたのは私です。しかし、しかし、めぐみさんが哀れで……」
「余計な真似をしおって!」
「密告したことは謝ります。だけど俊介様の勘当だけは許してあげてください!」
「うるさい! おまえに説教などされる筋合いはないわ!」

 俊介は吉岡に礼を述べた。

「宇乃さん、ありがとう。もういいよ、僕は出て行くから」
「俊介様~~~!」

 吉岡は俊介の足元にすがって泣き崩れてしまった。

「宇乃さん、今までお世話になったね。ありがとう。それじゃ行くね」
「俊介様……」

 俊介は吉岡の背中を撫でてやり、そのままうしろを振り返ることもなく部屋を後にした。

◇◇◇

「めぐみ、よく聞いて欲しい。今親父に勘当されたよ」
「えっ! 何ですって!? もしかして私のせいで?」
「君のせいじゃないよ」
「うそです! きっと私が原因だわ!」
「そんなことはないって。それよりも君にお願いがあるんだ」
「はい、何でしょうか?」
「僕はまもなく荷物をまとめてこの家を出て行く」
「ええっ……!」
「そこでだ、もし君がよければ、僕は君といっしょに行きたいんだ」
「えっ! 私もいっしょに!?」
「無理にとは言わないよ」
「いいえ、とんでもないです。むしろ誘ってくださったことがすごく嬉しくて……。俊介さんが私なんかをいっしょに連れてってくださるなんて……」
「あまりに突然の話なので驚いたと思うけど」
「ぜひ私を連れてってください!」
「えっ! いっしょに行ってくれるの? すごく嬉しいよ! ありがとう、めぐみ」
「私……ずっと俊介さんのそばにいられると思うだけで幸せです……」
「めぐみ……」
「俊介さん……」

 めぐみは俊介の胸に頬をうずめ涙した。

「でも……」
「どうしたの?」
「こんな私をいっしょに連れて行ってもいいのですか? 俊介さんのじゃまにならないのですか?」
「何を言ってるんだ。じゃまになんかなるものか。君がそばにいてくれるだけで生きて行く勇気も湧いてくるんだよ」
「俊介さん……すごく嬉しいです……」

 俊介はめぐみに頬を寄せ、髪を撫でながら優しくささやいた。

「めぐみ、君を愛しているよ」
「俊介さん、私もあなたを愛しています……」

 二人はかだく抱き合い熱いくちづけを交した。

「今持って行く荷物は手回り品だけにしよう。大きな荷物はあとから引越屋に頼もう。じゃあ準備ができたら教えて」
「分かりました。私……」
「なに?」
「私は俊介さんがそばにいてくれるなら他に何もいりません」
「可愛いことを言って~」

 俊介はニッコリ微笑んで、めぐみの額を人差し指でチョンとつついた。



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