第十三話 “人影の正体”

 人影は突然小屋の戸板を蹴破り、疾風のような素早さで中に侵入してきた。

「誰だ!?」
「げげっ、何だ!?」

 ありさに群がる男たちは鳩が豆鉄砲を食らったように驚き目を丸くした。
 二日間昼夜を徹して精を使い果たした男たちが急に戦えるはずもなく、武器を探している最中に絶命するものもいた。

 閃光が煌めいた瞬間、弥吉が叫び声をあげた。

「ぎゃぁ~~~~~~~~!!!!!」

 一太刀で袈裟がけに切られた弥平は床に崩れ落ちた。
 眉間に刀傷のある平吉が斧を握りしめ顔を強張らせている。

「お、お前は誰だ!?」

 人影は答えた。

「名乗るほどの者ではない」
「な、どうして俺たちを襲う!?」
「大の男が寄ってたかってか弱き女一人をいじめるとは許しがたく、まかり越した」
「ふん、余計なお節介を~!死ね~~~!!」

 平吉は斧を翳し人影に向かっていった。

(カキ~ン!)

 人影はいとも簡単に斧を払いのけ、平吉の眉間に面切りの一刀を浴びせた。

「うわぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!」
「ふふふ、眉間に太刀を浴びるのは二度目のようだな。三度目の太刀を浴びることはもうないから安心して眠るが良い」

 平吉はうめき声をあげながら床に伏してしまった。

「忍刀のようだが、おぬし、いずこの忍びじゃ?」

 捨蔵は人影が持つ刀が通常より短く、それが武士の剣でないことを見抜いた。

「答える必要などない」
「可愛げのない奴じゃ。経を唱えるために名前ぐらいは聞いておいてやろうと思ったが残念じゃ」
「経を唱えてもらうのは貴様の方ではないかな?」
「何を!ちょこざいな!」

 捨蔵は上段の構えから一気に刀を振り下ろした。
 刀と刀がぶつかり合い鎬(しのぎ)を削る音が小屋内に鳴り響く。
 捨蔵の太刀を忍刀ががっちりと受け止める。
 武士の刀と忍刀であれば、武士の刀の方が長いため、技量が互角であれば明らかに武士が有利と言える。
 しかしそれはあくまで屋外でのこと。屋内であればむしろ短い方が軽いうえに機動力に優れ有利と言えるだろう。
 ましてや人影は一介の忍びではなかったから、勝負は火を見るより明らかであった。
 捨蔵の攻撃を二度躱した人影の刀は素早い動きで捨蔵の腹部を突き刺した。

「ううぐっ!!!!!おぬし、只者ではないな……」

 捨蔵は人影を見据えながら床に倒れ込んでしまった。
 
「ひぃっ!!」

 一人残された徳太郎は刀を捨てると、土間に頭をつけ急に土下座を始めた。

「た、頼む!!い、命だけは助けてくれぇ~!!」

「無駄な殺生をするつもりはない。とっとと失せるが良い」
「助けてくれるのか。す、すまねえ、恩に着るぜ!」
「ありさ様……ですか?私は……」

 人影がありさの傍に駆け寄り話し掛けようとしたとき、土間で蹲っていた徳太郎が突然刀を拾い上げ背後から切りかかった。

「あぶない!!」

 ありさが大声をあげるのと同時に人影は振り向きざま刀を突き込んだ。

「ぎゃっ!!!!!」

 剣先は見事首筋に命中し、徳太郎は呻きながら床に倒れ込んでしまった。

「怪我はありませんか?早くこれを着て」

 人影は再びありさの傍に駆け寄り、肩に着物を掛けた。

「ありがとうございます。お陰様で助かりました……」

 ありさは深々と頭を下げた。
 山賊たちを相手に獅子奮迅の立ち回りを見せていたため顔を見る余裕もなかったが、落ち着いて見てみると、涼しげな瞳、すっと通った鼻筋、背が高く引き締まった体躯と、威風堂々とした立派な若者であった。
 上から下まで全て黒装束で統一されており、一目で彼が忍びであることが分かった。

「申し遅れました。私は真田ありさと申します」
「何と!?もしかして貴方は幸村様のご息女のありさ様ですか?これは驚きました!私は幸村様の家臣の猿飛佐助と申します」

 佐助と名乗る男は深々と頭を下げた。

「ええっ!猿飛佐助様は父の家臣なのですか、それは驚きました」
「はい、真田忍者の修行場である角間渓谷で修行を積み現在は幸村様の傍にお仕えしております」
「そうでしたか?それは嬉しい限りです。ところで父上は元気ですか?」
「はい、お元気でお過ごしです。立派に成長されたありさ様のお姿を見られたら、さぞやお喜びになられることでしょう」
「では早速参りましょう」
「幸村様は三度山の庵におられます。ここから半時ほど歩いた所です」

 ありさは立ち上がろうとした時、身体のどこかに痛みがあるようで急に顔を顰めた。

「ううっ……」
「ありさ様!どうされたのですか!?……ご免!」
「きゃっ!!何をするのですか!?」

 佐助は先程ありさの肩にかけてやった着物を何を思ったのか一気に取り去った。
 再び裸体を晒すことになったありさは大きな目を見開き唖然としている。

「やはり……」
「え?やはり何ですか?」
「縄の跡が腫れているし随所に傷があります。応急措置をしておかないと」
「いいえ、これしきり大丈夫です」
「そんな訳にはいきません。放っておくと跡が残りますよ」
「跡が…?分かりました。では猿飛様にお任せしましょう」

 佐助は懐から紙に包まれた薬草を取り出した。
 葉は緑色で葉柄がありさじ型をしている。

「それは何という薬草ですか?」
「はい、これはオオバコと言います。とても便利な薬草で切り傷だけではなく、火傷や腹痛にも効くんですよ」

 佐助はありさに効能を説明をしながら、オオバコの生葉を潰した汁を患部に塗布し始めた。






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