第三話 “若武者は女!?”

 眉間に傷の男が突然いぶかしげな表情を浮かべた。

「おい、みんな……」
「なんだよ?」
「この若武者……男じゃねえぜ……」
「な、何だと!?女だと言うのか!?」
「どうして女だと言える!?」
「む、む、胸がある……」

 眉間に傷の男の一言に、あご髭の男は高笑いをした。
 あご髭の男は彼らの頭領で、名前を徳太郎と言う。
 また眉間に傷のある男は仲間たちから平吉と呼ばれている。

「馬鹿野郎~!胸なら俺にだってあるぜ!要するに胸が膨らんでるってことだろう?」
「そうそう、そうなんだ」

 険しい顔をしていた男たちがにわかに色めき立った。

「何?女だと?」
「へえ~、これは面白くなってきたじゃねえか」
「武者の割りに体つきが華奢だし、やけに肌が生白いので、妙だなあと思ってたんだ」

 黒い眼帯をつけた男がありさを覗き込むような仕草でぼそっとつぶやいた。

「おぬしはまことにおなごか?」
「ぶ、無礼な!私は男だ!」
「ま、後から分かることじゃ。急ぐことはなかろう」

 黒い眼帯をつけた男は名前を捨蔵と言い、元々は武士の端くれで言葉遣いにその名残をとどめている。

「へへへへへ~、これは願ってもない宝物が飛び込んで来やがったぜ~」
「女郎屋に売り飛ばすと結構な金になるぜ」
「それも悪くねえが、その前にたっぷりと可愛がってやらなきゃな~」
「そういえば最近女にとんとご無沙汰だぜ~。ひっひっひ~」
「がははははは~。よし、女武者を小屋まで連れていけ」
「や、やめろ!」

 ありさは一旦地面にうつ伏せにされ、捨蔵と平吉の肩に担ぎ上げられた。
 彼らから逃れようと懸命にもがいてみるが、後手に縛られたうえ両足首まで縄を巻きにされてはびくともしない。

「やめろ!どこへ連れて行く気だ!」
「いつまでも男を気取ってるんじゃないぜ。もう女だってことはばれてるんだから。後から女である証拠をちゃんと拝ませてもらうぜ。がはははは~!」

 それでも執拗に肩の上で暴れるありさに、男たちは手を焼いた。

「放せ~!」
「大人しくしていろ!大声で喚いてもこんな山中じゃ誰もこねえぜ。とっとっと諦めるんだな~」

 風が無く不気味なほど静まり返った闇の中を山賊たちは進む。
 時折「ホーホー」と言う梟の鳴き声が聞こえてくるが、当然ありさの耳には入らなかった。

 山賊たちに囚われ身動きもままならないありさは口惜しさに唇を噛みしめた。
 幸村が暮らす庵の傍までもう少しの所までやって来たと言うのに、不覚にも山賊に捕まってしまうとは何と言う身の不運だろうか。
 男たちは自分をいったいどこに連れて行こうと言うのだろうか。
 自分はこの野卑で汚らわしい男たちの玩弄となってしまうのだろうか。
 ありさの瞼から一滴の涙がこぼれ落ちた。

(生きて恥を晒すなら、いっそ真田幸村の娘として潔く死を選ぶべきではないだろうか……。いや違う、そうではない。私の使命は父上に密書を届けること。無事に届けるまでは死ぬことは許されない。隙を見て逃げるんだ……)

 真っ暗な山中をどれくらい進んだのだろうか。
 自分の足で歩いていないから距離感がつかめない。
 ありさの不安は募るばかり。

◇◇◇

 山賊たちが黙々と歩き続けて着いた先は古びた小屋だった。
 建物はかなり年季が入っており、軒に張った大きな蜘蛛の巣がひときわ荒んだ退廃感を醸し出していた。

「よし、着いたぞ」
「お~い、誰か明かりをつけろ」
「おお、すぐに点けるぜ」

 まもなく蝋燭が灯され、周囲が明るくなった。
 驚いたことに小屋の中は外観とは異なり意外なほどきれいに片付けられていた。
 おそらく日頃は彼らの棲み処として使っているのだろう。
 小さな土間の右端にはかまどがあり、左端には木こり用の斧が並べられていた。
 元は木こりが使っていた小屋だったのかも知れない。
 正面は板敷になっており一枚の畳すら敷かれてない。

「それにしても狭いなあ」
「仕方ねえじゃねえか。以前の隠れ処は役人に見つかってしまったんだし、当分ここで我慢しなくては」
「そうだな。雨露が凌げるだけでもありがたいぜ」
「お~い、いくら女でも担ぎ放しだと重いぞ」
「おお、悪い悪い、女はその辺に適当に転がしときなよ」
「よし」

 土間の平吉がありさを床に下ろすと、先に草履を脱いでいた捨蔵がありさを担ぎあげ部屋の隅へと運んで行った。

「ほれ、ここがおぬしの居場所じゃ」

 ありさは縛られたまま部屋の隅に乱暴に下ろされた。

「うっ、私をどうするつもりだ」
「さあ、どうしようかな?ははは~」

 男が乱暴にありさを床に下ろしたため、ありさは肩を打ってしまった。
 床が板敷きなのでかなり堪える。

「ううっ……」

 ありさは顔をしかめ捨蔵を睨んだ。

「なんだ、その目は?」
「おのれ……」
「我らに逆らうつもりか?」

 突然、捨蔵の平手がありさの頬に飛んだ。

「うっ!」
「もう一度そんな目で睨んだら今度は平手では済まないぞ!」
「ふん、何度でも睨んでやる」
「この~~~~~~!!」
「おい捨蔵、やめねえか」

 様子を窺っていた徳太郎が捨蔵を制止した。

「その女を殴るんじゃねえ!傷をつけると高く売れなくなるじゃねえか。よく考えやがれ、馬鹿野郎!」






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