第二話“見せ槍” (景勝……無事に生き延びておくれ……私はまもなく露と消えてしまうけれど、あなたは生きながらえて野々宮家を再興するのよ。それが私の最期の望み……景勝……どうかご無事で……) 磔台に緊縛されても凛とした態度を崩さなかったありさ姫であったが、弟景勝の無事を祈っているうちに、目頭から熱いものが零れるのを禁じえなかった。 刑場はいつのまにかぎっしりと人垣で埋まっている。 敵国の姫とはいっても一般庶民にはさほど利害関係などない。 彼らにとっては高貴なお姫様の処刑場面が目前で拝めるなどまるで夢のような話なのだ。 人々はこぞって磔刑場に詰め掛け、少しでも良い場所に陣取ろうと血眼になっていた。 その大半が興味本位で集まってきた烏合の衆であったが、中には磔台に縛られた可憐なありさ姫の痛ましい姿に涙する者もいた。 まもなく槍を持った二人の処刑執行役人が現れた。 ざわついていた見物人たちが一瞬にして静まり返り沈黙が訪れた。 執行役人の一人がありさ姫に告げた。 「姫、残す言葉があらば述べられよ」 ありさ姫は毅然とした態度で答えた。 「ない」 「さようか。ではお覚悟を」 二人の執行役人が磔台の左右に分かれて位置を固めた。 そして槍を構えた。 「えいえいや~!!」 二人の執行役人は掛け声をあげて、ありさ姫の目前で槍を一度交叉させた。 これは“見せ槍”である。 「今からこの槍で突くので覚悟しろ」という合図なのである。 ありさ姫は静かに目を閉じた。 執行役人が見せ槍をしたあと、槍先をありさ姫に向けたその時であった。 「待て!!」 処刑の執行に待ったを掛ける声が轟いた。 槍を構えた執行役人の腕がぴたりと止まった。 それもそのはず、待ったを掛けたのは城主の黒岡源内であった。 「待て。まだ殺すでないぞ」 執行役人は槍を引いた。 「本日は我らが盟友下川信孝殿がお見えになっておる」 黒岡の真横で下川信孝が薄笑いを浮かべて座っている。 「下川信孝殿はうつけ者の野々宮新八郎に見切りをつけ、我が軍にお味方くださった。その下川信孝殿からこの度はありがたき戦勝祝いをたまへき。皆の者に披露せんと思っておるが、その前に……」 黒岡は正面の磔台に拘束されているありさ姫を指差した。 「今まで散々われらに煮え湯を飲ましおった野々宮新八郎・・あやつは死ぬれど我らの恨みはまだ晴れてはおらぬ。あやつの愛娘ありさ姫にはたっぷりとお返しをしてもらわねばならぬのぅ」 「で、いかなる策をお考えか……?」 下川が底意地の悪そうな表情で黒岡を覗き込む。 すぐさま黒岡は役人たちに大声で命令をくだした。 「ありさ姫の着衣をすべて取り去るのじゃ!」 「おお、何と!磔刑には白装束が決まりなるが、野々宮の愛娘には衣など無用とな!?それは面白い!」 下川は手を打って喜んだ。 直ぐに小者が梯子を磔台に架け機敏に駆け上がった。 手には小刀を携え、いとも簡単に白装束の帯が絶ち切られ、続いて胸元から袖に掛け衣が散り散りに切り裂かれてしまった。 一旦は死を覚悟していたありさ姫ではあったが、突如襲い掛かった思いもよらぬ恥辱に悲痛な声をあげた。 「ひぃ~~~!!せめて!せめて一枚の衣だけは着せてくだされ!後生です!お願いです!辱しめるぐらいならひと思いに槍で突き刺したまえ!!」 白装束はぼろ切れと化し、はらりはらりと地面へと舞って落ちた。 ありさ姫の身体を覆うものすべてが取り去られた瞬間、観衆から大きなどよめきが巻き起こった。 それはありさ姫が全裸にされてしまったことだけが理由ではなった。 それ以上に観衆を仰天させたのはありさ姫の秘所であった。 本来乙女の恥じらいを包み隠すように繁っているはずの若草が、すべて除去されてしまっていたのである。 前頁/次頁 |