第18話   かすかな希望……詠唱の果てに……


地響きする羅刹の号令の元、お母さんを犯す憎い鬼が腰の動きを更に加速させる。
肌を埋め尽くす肉棒も自分で自分を刺激して、射精する体液で全身を満たしていく。

お母さんは意識を失っているのかな? ピクリとも反応しない。
でもこれで良かったのよ。きっと……
そして、わたしもまた傍観者のように、投げ出された肢体に群がるおぞましいモノを眺めている。耳を澄ましながら。

そんな地獄みたいな世界を、阿傍と羅刹、2体の鬼が見下ろしては牙を剥き出しにして笑った。
お供の邪鬼たちも、耳を閉じたくなる野次を浴びせては喚声を上げた。
全ての目線が待つもの。
それは抵抗を封じられた女体を覆う、禍々しい鬼たちの精液。
それが一斉放出される瞬間。

でも、誰も気付いてなんかいない。
山門奥深く、本殿外陣の開かずの扉板が音もなく開いたことに。
お父さんが……輪廻の霊媒術師が詠唱を続けていることに。
低く囁く小河のせせらぎのようなメロディーに……

じゅちゃッ、じゅちゅッ、じゅちゃッ、じゅちゅッ、じゅちゃッ……

真っ赤に腫れあがったお母さんの割れ目。
そこから引き抜かれる巨大な肉棒。
恥ずかしいお汁が大量に糸を引いて垂れ落ちて、トドメのように鬼の腰が高々と持ち上げられた。
その他の邪鬼たちも、それに倣うように自分の肉棒をパンパンに張り詰めさせる。

(いよいよじゃあ、このひと突きで涼風の巫女も我らの傀儡よ)
(そうなれば、毎晩宴じゃな。あの女を餌にして)

「やれいッ!」

邪鬼たちがザワメキ、羅刹が短く叫んだ。
仕掛け人形のように、鬼の腰が大きく沈みトドメを刺そうと肉棒を押し出した。
先端が割れ目のヒダに押し付けられ、喰い付こうとしたその時?!

「はあぁぁぁッッ! 闇夜裂光!!」

闇を突き破るようなお父さんの怒声。
頭上高く突き上げられた隠滅顕救の剣。
その刃身が力を取り戻したように眩く輝き、そして全てが光に包まれていく。飲み込まれていく。

「うぐっ、な、何? 何の光だこれは……?!」
「見えんッ! 何も見えんッ?!」

2体の鬼が初めて口にする狼狽の叫び声。
その声は瞬く間に伝染して、お供の鬼はもちろん、散々お母さんを辱めた鬼たちまでもが一斉に四散する。
闇を求めて這いずりまわっている。

「三鈴っ! 三鈴っ!」

その隙を突くように、呪縛から解き放たれたお父さんが駆けた。
そして、地面に投げ出された白い裸体を愛おしそうに抱き寄せた。

「う、ううぅっ……あぁ、あなた……あなた……私……私は……」

光の陰に浮き上がるふたりのシルエット。
愛する人の両腕の中でお母さんの瞳が薄っすらと開いていく。
同時にその目は伏せられて、血の気を失った唇が辛い言葉を伝えようと小刻みに震えた。

「それ以上言うでない、三鈴。お前が身体を張ってくれたお陰で、我はこうして生きておる。神楽もな。ただ無念なことに天上神が送りし霊力はこれが全て。すまぬが、ここは逃れるしかあるまい」

悔しさを滲ませたお父さんの目から、一筋の光が流れて落ちていった。
その滴が乾いた土の中に消えた頃、魔剣の輝きも急速に衰えていく。

ふたりとも急いで! 早く!

わたしは飛んだ。
飛び上り、阿傍と羅刹の前であかんべえをしてから、本殿へと走るふたりを追い掛けた。

「ぐふふふっ、何かと思えばこのような子供だまし。時として人の子は我らの思いも付かぬことをしでかす。無駄な労力を使ってな」

再び訪れる闇夜の世界。
次第に目が慣れたのか、羅刹が拝殿から本殿へと駆け上がるふたりを難なく見つけた。

「はあはあ……あなた、本殿の扉板が開いてる?! どうして?」

「これが我と神との契約ぞ。お前の心意気に天上神が報いたのじゃ」

黒光りする七段の踏み板の上に建つ『西鎮山 封魔護持社』本殿。
今から約四百年前、戦国時代末期に神楽のご先祖様によって建てられて以来、その扉板は一度も開かれることはなかったとされている。
でもその扉が左右に開かれて、ふたりを迎え入れてくれた。

よかった。間に合ったみたい。

「はあはあ、大事ないか? 三鈴」

「ええ、あなたこそ。私のために霊力を残らず使い切って……申し訳ございません」

ふたりが駆けこんだと同時に、本殿の扉が勝手に閉まる。
窓も照明もない暗闇の世界で、お父さんが握り締める隠滅顕救の剣が、今では死んだように鈍く光るだけ。

肩で大きく息をするお父さんとお母さんの背後にあるのは、本殿の内部を間仕切る朱色に染められた壁板。
以前、おじいちゃんに聞いたことがある。

本殿に入ったところにある部屋が外陣。
ここは、天上神に会うための控えの間。
そして、朱色の壁に埋め込まれた白木の格子戸の向こう側にあるのが内陣。
御霊代と呼ばれる神様と会話する神器が祭られているって。

でも最後に、おじいちゃんが怖い顔でこう話していた。

『内陣に足を踏み入れるならば、己が命捨てる覚悟有りやと』


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