第32話  典子の見たモノ&拓也の見た現実


岡本典子の視点


障子を開け放った私の目に飛び込んできたもの……
それは想像したくもない、美里ちゃんの哀しい姿だった。

「待ちなさいっ! 美里!」

限界に近い肺に、更に空気を送り込んで叫んでいた。
時間を止めたい。その一心で声を振り絞っていた。

「典子お姉ちゃん……どうして……?!」

おぞましいディルドに腰を落としたまま、美里ちゃんが振りかえる。
魂を抜かれたような虚ろな視線が、見る間に輝きを取り戻していく。

「誰だ、この女は?」

同時に、河添に招かれた男たちも顔を向けた。
取り巻きのひとりが声をあげて、それがさざ波のように拡がって、まとまりのない視線が突然の侵入者の私に向けられる。
待ち望んだ瞬間に水を差された不満を露骨にして。

そしてもうひとり。
そこには、唖然とした表情をする典子の知らない拓也が立っていた。

「の、典子……お前、この俺を……!」

私以上に声を絞り出す拓也。
ふてぶてしいくらいに勝ち誇ったあの表情はどこへ行ったの?
冷たい炎を纏わせた、あの瞳はどこに消えたの?

ふふっ。この人って、そんなに典子のことを……
そうよ。典子はアナタに会うためにここまで来たの。
典子は河添拓也の女だったから、会いにきてあげたの。
すべてを決着させるために。

「あら、驚かせてしまったようで、ごめんなさいね。典子と申します。皆様、初めまして」

私はワンピースの裾を掴むと、ヨーロッパの貴婦人のようにお辞儀した。
ただし、裾を思いっきり捲り上げて、太腿まで露わにさせて。
そして、目線を走らせてみる。

4人……5人……6人……
この前の人たちと比べて、随分と若いわね。
きっと結婚して間がないのに。
奥さんは、何も知らずにアナタたちのことを家で待っているのに。
それなのに、こんな所で美里ちゃんにひどいことを……許せない!

想像しただけで怒りが込み上げてくる。
その怒りは、この人たちだけではない。
このツマラナイ宴会を仕掛けた拓也に。
その拓也に、言われるままに付き従ってきた私に。

そう、一番の元凶は私なの。典子なの。
私のせいで美里ちゃんはこんなに苦しんで。
こんなにひどい目にあわされて。
だから今夜は……

「だめじゃない、美里ちゃん。その玩具を勝手に使ったりして。それは、典子お姉さん専用のディルドでしょ。お子様にはまだ早いわよ」

ごめんね、美里ちゃん。
私は彼女の肩に手を当てると、そっと押した。
男たちに違和感を持たれないように欲情した女の顔をして、おぞましいディルドから引き離していく。

「典子お姉ちゃん? まさか……」

「だぁーめ。美里ちゃん、それ以上口にしないで。アナタだけ愉しいことをするなんて、不公平でしょ。ここは典子が……ね♪」

頭のいい子。
これだけで美里ちゃんは、典子がしようとしていることに気が付いている。

私は拓也に目配せした。
ここは典子が仕切ってあげるって、片目でウインクして脅してあげた。

「み、皆様、突然のことで申し訳ありませんが、美里が体調を崩したようでございます。ここからは彼女の代役を、元人妻にして妖艶な美女典子が務めることになりました。どうか盛大な拍手でご了承くださいませ」

拓也らしくない覇気のない説明にも、人形と化した男たちは拍手で応えた。
それが鳴りやまないうちに、私はワンピースを脱いでいた。

今度は「おおぉっ」と歓声があがる。
下着姿のまま腰をくねらせて、男たちの視線を釘付けにする。

「どぉ、典子のボディ、気に入ってもらえたかしら? 今夜は典子が好きなだけお相手するから、期待してね♪」

私はむしり取るようにブラを外すと、部屋の右隅へ放り投げた。
ショーツを一気に引き下ろすと、今度は部屋の左隅へ放り投げた。
そのたびに、男の群れが右に左に這いずり回っている。

「そのブラジャーとパンティーは、典子からのプレゼントよ。丸一日着けていたから、パンティーに沁みが付いちゃっているけど、それで良かったらもらってね」

「あぁ、ホントだ。このパンティー、クロッチの処に黄色い染みが……オシッコかな?」
「ふ~ん、はぁ~……このブラジャー、典子さんの汗の香りが……」

ショーツを鼻に押し付けて、恍惚に浸る男。
ブラを目の上に乗せて、鼻をクンクンさせて匂いを嗅ぎ取る男。
それを取り囲んで順番待ちする残りの男たち。

今のうちに彼女を……
男たちが下着に夢中になっているのを確認した私は、美里ちゃんの元に寄った。
体力と気力を使い果たして気を失った彼女を、隣の部屋へと移動させる。

「本当にごめんね、美里ちゃん。あなたをこんな辛い目合わせちゃって」

肌と肌が触れ合って、美里ちゃんから勇気をプレゼントされた。
痛々しいほど腫れあがったヒップに、その勇気の二文字がコーティングされる。

「美里ちゃん、行ってくるわね」

私は笑顔を振り撒きながら、男たちの待つ部屋へと戻って行った。


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