第5話   バスタオルを落として、身体を回転させて


篠塚美里の視点


バスルームを出てからベッドまでの距離が、異様に長く感じた。
バスタオルを巻き付けているだけで、ブラもパンツも着けていないから、身体だって軽くていいはずなのに。

「お、お待たせしました」

やだなぁ、声が裏返っているじゃない。
しっかりしなさいよ、美里。

わたしは、自分の部屋のベッドより2倍くらい大きい、ダブルベッドの横に立っていた。
両手をピタって太腿の横にひっつけて、学校の朝礼のときのように気を付けの姿勢で。
……見下ろしていた。
白いバスロープを羽織って横になる男の人を、情けないくらいに弱々しい目線で。

「どうした? 自分から誘っておきながら緊張しているってこと、ないよね?」

目を閉じたまま話しかけてくる男の人……黒川さんに、わたしは素直に頷いていた。
声に出さないと伝わらないのに、黒川さんが薄眼を開けていることに期待して、そのままじっと立ち尽くしていた。

どうしよう? このままベッドに上がって、彼の隣に寝転べばいいの?
横になって、お人形のように身を固くしていれば、彼の方がリードして抱いてくれるの?

「美里、身体を見せてくれないかな?」

「……はっ! ……はい……」

そんなわたしの迷いを、黒川さんの一言が吹き飛ばしてくれた。
『美里』って、下の名前を呼び捨てにされて、心臓がドクンって鳴って……
『身体を見せて』で、その心臓を鷲掴みにされて……

それでもわたしは頷いていた。
今度は掠れた声だけど、『はい』って素直に答えていた。

そして身体に巻き付けたバスタオルを解こうと、おっぱいの左上に右手を移動させる。
きつく挟み込んだバスタオルの端を、引っ張って引き抜いて外していた。

あとはこの手を放すだけ。そうすればバスタオルが勝手に床に落ちて、美里の身体を……

「まだかな、美里? 早くキミの身体を見せてよ」

ここまでして躊躇するわたしに、黒川さんがせっついてくる。
美里と一緒。ちょっと掠れた声で、それにバスロープに覆われた下腹部を大きく膨らませたまま。

ファサッ……!

「は、ああぁぁ……んんっ……」

指先からゴワゴワとした生地の感触が消えた。
同時にそのゴワゴワが、おっぱいを撫でてお腹の皮を擦って、わたしの身体を囲む円形のまま床の上に積み重なっている。

役目を終えた右腕が、胸のふくらみを押さえようと高速で移動する。
太腿の横に貼りついていたはずの左腕が、真横にスライドするようにして大切な処をカバーしようとした。

ダメよ、美里! その手を外しなさい!

キツネのように目を吊り上げたもうひとりの美里が、怖い声で命じた。

そうよ、今夜のことはアナタの方から誘ったんでしょ?
さあ、もっとベッドに近付いて挨拶なさい。

両目を閉じていた黒川さんが、いつのまにかこっちを見上げている。
わたしは心の声に誘われるままに、足を一歩前へ押し出した。
そして、相変わらず掠れたままの声で黒川さんに話しかける。

「……どうでしょうか? み、美里の身体は……気に入って……もらえましたか?」

そこまで命じられてもいないのに、恥ずかしい言葉を口にした。
こんなポーズも命じられていないのに、身体をゆっくりと回転させながら、美里の背中のラインも発達途上のお尻もお見せした。

もう一度停止して、ほんのちょっぴりだけど太腿を開いていた。
そんなことをしたら、美里のアンダーヘアーはとっても薄いから、恥ずかしいお肉が覗いちゃうのに、それでもいいの。
ついでだから、目を細めて鼻をちよっと鳴らして、男が大好きな女の顔も。
まるで熱病に浮かされたように、脳裏に次々と恥ずかしい指令が飛び出しても、美里はそれに従っていくの。

どうして? なぜなの?

あどけない表情をしたわたしが、涙声で聞いてくる。
だけど今は答えられない。
だって、ホントのことを話すと、大人になりきれない未熟な美里だもの。
きっと、バスタオルをもう一度巻き付けて逃げ出しちゃうよ。このホテルから。

「ふっ、俺もまだまだ……だな。女の品定めも出来ないとは」

そんな美里を見つめる黒川さんの目が変わった。
なんとなく眩しそうな視線を送っていたのに、その瞳は失望の色に塗り替わっていた。
それは間違いなくわたしに向けてのもの。

だけど、それでいいのよ。
黒川さんは何も気にせずに、美里を抱いてくれたらそれでいいの。
初対面の男性に平気で身体を差し出す、遊び好きな少女と思われたって……

「は、早くセックスしてください。身体が……疼くんです」

はしたない言葉を口にして、わたしはモノ欲しそうに目を更に細めた。
ついでにチラっとだけど、バスロープを持ち上げているモノに目をやった。

美里の心が少しひび割れしたけど、気にしない。
そのままわたしは、大きなダブルベットに這い上がっていた。
黒川さんの隣に寝そべっていた。仰向けのまま気を付けの姿勢で。
まだ誘われてなんかいないのに。

「ちっ、仕方ないな、抱いてやるとするか」

「はい……お願いします」

わたしの態度に、黒川さんの声まで変化した。
舌打ちして、溜息を吐くような投げやりの声で。

そしてベッドの上で身体を起こすと、唇を尖らせて顔を寄せてきた。
美里の身体に覆い被さるようにして、それでも体重が掛らないように配慮してくれて。

そんな仕草がちょっぴり嬉しかった。
この人の心の奥の優しさに触れた気がして、美里の砕けそうな精神に柔らかい勇気をもらえた。

だからわたしも唇を尖らせていた。
首の後ろを反らせて、あごを突き出すようにして。

美里と一緒。小麦色に日焼けした太い眉毛の下の瞳がどんどん近付いて、わたしはそっと目を閉じていた。
その瞬間だけでも、きらびやかなドレスを纏ったお姫様になりきって。
王子様とのファーストキッスを待ちわびるように……


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