第5話
香織は夕食を済ませ時計を見た。
(まだ7時か……)
時間が経つのが長かった。
晃一とは毎日顔を合わせているが、今日はいつもと違う心境だった。
ベッドで横になって目を閉じると、亡くなった母や、家にいる弟の顔が浮かんだ。
(お母さん、苦労かけてごめんなさい。雄太、一人にしてごめんね……)
そんな事を考えているうちに軽い眠りについた。
ふと時計を見ると、12時を回っていた。
香織は、バックの中から小さなポーチを取り出した。
化粧道具だ。
この病棟は、歯磨き粉とローション以外の持込は禁止だが、外出中に売店で購入したものを隠して持ち込んでいたのだ。
深夜1時を過ぎた頃、廊下から静かな足音が聞こえ香織の病室の前で止まった。
「香織……」
「晃一?」
「うん、僕だよ」
香織は静かに起き上がって、晃一のシルエットを見つめていた。
「こっちに来て……」
晃一は、香織のベッドに座った。
「香織……」
香織と晃一は自然に唇を重ねた。
「香織、好きだよ」
「私も晃一が大好き!」
二人は再び唇を重ねた。
2度目のキスで晃一の右手が香織の胸元に触れた。
「だ、だめ…… こんな身体じゃ恥ずかしい……」
晃一は、香織に気遣って手を止めた。
「時間大丈夫なの?」
「そろそろ行かないと……」
「明日の夜も来てね」
「必ず来るよ」
「晃一、おやすみ」
「香織、おやすみ」
晃一が出て行った後、香織は窓の外を見た。
綺麗な夜景が広がっていた。
ふと中庭を見下ろすと暗闇に黄色い花が疎らに咲いていた。
タンポポだった。
入院当初見た時は芽生えたばかりだったが、ここ1ヶ月位で花を付けていた。
(あの雑草はタンポポだったのか。中庭全体に咲き誇ったら、きっと綺麗だろうな~)
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