第3話

 香織は翌日外出が許され、携帯電話を持って外に出た。
 まだ2日目だというのに、外の空気がやけに新鮮に感じられた。
「もしもし雄太? 姉ちゃんだよ、大丈夫?」
 香織は、たった一人の弟だけが気がかりだった。
 入院前に当面の食材は準備しておいたが、弟の雄太は今まで一度も自炊をした事がない。
 母が他界してからは、ずっと香織が家事をしてきた。
「ちゃんとバイトに行きなさいよ!」
 弟の雄太は、かろうじて高校は卒業したものの定職には付かず、職を転々とし今はコンビニでアルバイトをしている。
 香織は入院前に自分の財布に1万円だけ入れ、夜のバイトで貯めた20万円程の現金が入った通帳を弟の雄太に預けてきた。

(そろそろ病室に戻らなくちゃ……)
 外出時間は30分と限られていた。
 時間を守らない患者は、次の外出許可を得られない。
 香織がベンチを離れ病院の入り口に向かった時に、晃一の姿があった。
「あら、江本さんこんにちは」
「あれ?お散歩ですか?」
「はい、もう戻る時間ですが……」
「じゃあ~病室まで一緒に行きましょう~」
「大丈夫なんですか?お忙しいのでは?」
「いえ、僕も5病棟のナースステーションに用事があるんで……」

 1階の外来を過ぎ、二人はゆっくりと歩いた。
「江本さんって、将来お医者さんになるんですよね~?」
「まぁ~、試験に合格すればの話ですが……」
「今、何年生ですか?」
「あ、4年です」
「じゃあ、22才?」
「はい」
「あらっ、私と同じ年ですね」
「はい、そうです」
 香織は自分と同じ年だと知り、緊張が解れた。
「江本さんのご家族も、お医者さんなの?」
「うん、母は専業主婦だけど、父は内科医、姉は地元の大学病院で皮膚科の医師をしてる」
「お父さんって開業医なの?」
「うん、栃木で開業している」
「栃木? へぇ~、江本さんって栃木県のサラブレッドなのね?」
「そんな事ないよ~」
「福島はどう?楽しい?」
「まあまあだね」
 いつの間にか、二人の会話に敬語が使われなくなっていた。

 晃一は、病室の前まで香織をおくった。
「じゃあ~香織ちゃん、またね」
「……」
 香織は初めて名前で呼ばれ、次の言葉が出なかった。


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ネット小説界新進気鋭の麗人作家真理子さん。
愛溢れる官能小説からハードでちょっと危ない体験談まで。
サイト開設以降数多くの小説投稿は、管理人さんが持つ
『カリスマ性』『豊かな人間性』『人柄』が所以であろう。

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