後編(3)

「なんで…? 私家で…寝てるはずなのに」
「これは夢の中なのです。我々は、夢でお客様の願いを叶えるのです」
「夢…?」

 確かにパジャマのままだ。
 それに、歩いて来た記憶すらない。

「さぁこちらに」

 通されたのは、妖子の隣の部屋。
 あの銀色のドアをした部屋だった。

 扉が音を立てて開く。
 そこには、ミチルの想像を遥かに絶する光景が、待っていたのである。

「か…おる…こ…?」

 広い、体育館くらいありそうな部屋。
 天井はそれほど高くないがそれなりで、いくつか滑車があるらしい。
 その一つから、鎖で吊されている全裸の少女は、間違いなく薫子だった。

「一体なんなのよ?! こんなことしていいと思ってるの!?」

 すごい剣幕で怒鳴る薫子には、目隠しがされている。
 両腕はまとめて、天井からの滑車に吊られている。
 脚はかろうじて床に着くくらいだ。

「怪。お疲れ様」

 聞こえた方にむくと、本当に体育館の檀上に見える場所に置かれた椅子に、妖子が座っていた。
 前髪はもう降ろしてはいず、赤い瞳があらわになっている。

「始めますか?」
「そうしましょっか」

 ミチルは、その会話を聞きながら、薫子の方も見る。

「もう離しなさいったら! 一体なんなのよ…目が覚めたらこんな…洋服まで取られて…」

 暴れても、そう簡単に逃げられるようには出来ていないようだ。
 壇上から妖子が降りてきて、薫子の側に行く。

「お客様はこちらですよ」
「キャッ!」

 今まで後ろには誰もいなかったはずなのに、いつの間にかあの魔御という少年が立っていた。

「お客様には、観賞していただこうかと。あまりにそぐわなかったら、またこっちで変えますし」
「変える…?」

「そ。基本的に、妖子様は表のお仕事をするときは、普通の探偵なんかと変わらないこともなさいます。
 しかし裏の…魔の制裁を与える場合、このようなことが行われるのです。
 もし貴女がご不満なら、他のことで片桐薫子を屈服させましょう」

「屈服…ですって?」

 魔御の楽しそうな声を聞きながら、ミチルは側の椅子に座らせられる。

「あの手の少女には、プライドをズタズタに引き裂くのが1番きくでしょうから。
 それに…彼女は過ちも犯しました。いずれ処罰せねばならなかった。それだけだ」

「なんなの…過ちって」

 遠くから怪が薫子に歩み寄る。
 そしておもむろに顔を上げさせる。

「ヒっ…誰…誰なの!? こんなことして、ただで済むと思ってるわけ!…キャッ!」

 怒鳴る薫子を止めたのは、怪が薫子の頬を平手打ちしたからだった。
 パンッと渇いた音が響く。

「口を慎め…貴様は主を愚弄した…これは正当な報復だ」

 親にもまともに打たれたことのない薫子は、頬を軽く叩かれただけで呆然としている。

「怪。それはまた別でしょ? 今は依頼を遂行するだけっしょ。それに…女の子を叩いたりしちゃダメ」

 怪の側に来て、妖子は怪の手を取り、指を舐める。

「…申し訳ありません…妖子様…」
「アヤ…コ…?まさか…黒河…?!」

 声と名前で気付いたのだろう。
 薫子は息をのむ。

「そうっすよ。クラスメートの黒河妖子っす。覚えていてくれてるなんて…光栄だなぁ」

 楽しそうに笑いながら、妖子は薫子の髪を撫でる。

「何のつもりよ!
 誘拐?
 それとも虐めの仕返しな訳!?
 大人の力を借りるなんて卑怯だわ!」

「仕返しなんて滅相もない」

 怪が下がるのを気にも止めず、妖子は薫子の頬に触れて微笑む。



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