後編(2)

「魔女…!?」
「あたしゃあね、ちょいと不思議なことが出来るんですよ。
 昔から。それを使って色々やって、仕事にしてるんすけど。
 後は体質がちょいと変わっててねぇ。あたしの体は、男も女も狂わす、所謂魔性って奴なわけです」

 布のような服装の裾から、白い脚が組まれて見える。
 魔性と言われても疑う余地のない、美しい脚だ。

「あの人達もそれで…?」
「いや、あの子達は昔からうちにいて…まぁ、あたし専用の使用人って形で三人、父親から貰ったんす。
 もう一人は、昼間は屋敷に滅多にいないで、遊んでますね。余程世間が珍しいのか…」

 溜息まじりに言いながら、妖子は頭を軽くかく。

「それで? ここにもう一度きたということは…願いが決まったんすか?」

 妖子の笑みに、ミチルは俯いて考える。
 願い。
 叶えて欲しいこと。

 どろどろのハンカチも、一人退かされた机も、苦しくてたまらなかった。
 あんな目にもう会いたくない。

「私…」

 虐められたくなんかない。

「私の願いは…」

 もう、友情すら信じられないのだから。

「…薫子への報復。私もう、虐められたくないの。…助けてよ」

 少し強気に言った声とは逆に、ミチルの体は震えていた。
 もう、後には引けないことを言ったのだから。

「…御依頼、引き受けましょ。ただし一つだけ約束を守っていただきます」
「約束…?」

 ミチルが首を傾げると、妖子はソファーから立ち、クローゼットに向かう。

「えぇ。ここのことを誰にも言わない。そして…ここで起こったことも」

 開いたクローゼットの中に、黒いピッタリとした、露出の高い革の服が見える。
 それを取り出し、妖子が微笑む。

「もし誰かに喋ったら…取り返しの着かないことになりやすから」

 ドレスを脱ぎ捨て、妖子はその革の服を着て行く。
 ミチルの視線は、その美しい体に釘づけだった。

 女王様ルックというのがしっくり来る革の服は、ちょうど胸の先端と股間が隠れるようにはなっているものの、背中や腹のラインはさらけ出されている。
 先程まで履いていたパンプスから、膝まであるロングブーツにはきかえると、妖子は楽しげに振り返る。

「今夜を楽しみにしておきなさい。夢の中でお会いしましょう…」

 赤い瞳が笑う。

 黒い髪は闇より暗く、白い肌は雪より白い。
 血よりも赤い唇と瞳。

 それはミチルのよく知った魔女よりも美しく、童話の中の白雪姫のようにあどけない微笑みを浮かべていた。

 帰り道も、よく覚えていない。
 屋敷からでたら、もう夕方だった。


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 家についても両親には何も言われず、ミチルはただ普通に夜を過ごした。
 家族で夕食を食べて、一時間くらい風呂に入り、流行りのドラマを見る。
 そんないつもの夜だった。
 だが、どうしても頭から離れない。

 --夢で会いましょう

 あの妖子の言葉の意味を、ずっと考えながら夜を過ごしたミチルは、少し早めにベッドに入る。

(これで本当に明日から虐められなくなるの?)

 信じていいのだろうか。
 彼女の言葉を。

 あの、衝撃的な光景は本物なのか。
 それすら怪しいというのに。

 そう考えていると、不意に眠気に襲われ、そのまま毛布を抱きしめて、ミチルは眠りに着いた。


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「…様。山岡様」

 不意に声をかけられ、ミチルは振り返る。

「あ…貴方は…」

 そこにいたのは、怪だった。
 ミチルはまた、あの屋敷の中にいた。



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