後編(1)

 ベッドに座る妖子は、黒い布一枚で出来たようなドレスを着ていた。
 胸の先の方しか隠れていなくて、下の方に到っては、その布を巻き付けてあるだけのようだ。
 露わになっている太腿が美しく、輝くようにすら見える。

 だがその先が問題だった。
 ベッドの下にひざまづいた少年がいる。
 歳の頃は高校生くらいだろうか。

 青いその髪は、コバルトブルーの絵の具を塗りたくったように深い。
 その肩に掛かる程の髪を妖子に撫でられながら、少年が妖子の脚を舐めているのだ。
 ふくらはぎの辺りや太腿の内側。

 少年の方は、ハイネックのシャツとジーパンこそ身につけているが、そのジーパンの股間の辺りを妖子が軽く空いた脚で踏むと、ビクッと体を身もだえている。

「魔御(まお)。お客さんがきたんだから、お預けっしょ。どきなさい」

 そう言われると、魔御と呼ばれた少年が名残惜しそうに離れ、それでも柔らかく微笑む。

「妖子様…最後にキスをいただけますか? いい子で待ってますから…」
「仕方ないっすね。魔御は本当にこれが好きなんだから…」

 妖子の唇が弧を描き、魔御にそっと口づける。
 短いキスを終え、魔御が舌なめずりをして立ち上がる。

「…何なの…一体…」

 ミチルの口からは、そんな驚愕の単語しか出てこなかった。
 小学生の女の子が、年上の男にあんなことをさせるなんて。

「…みっともない。魔御、お前がお相手をしていたのは構わないが、お客様を待たせてまで欲望に走るな」
「怪は硬いねぇ。妬いてるのかい? 僕が二日連続、妖子様に遊んでいただいてることに」

「貴様…!」

 魔御のからかうような言葉に、怪の頬がカッと赤くなる。
 図星だったのだと、関係を知らないミチルにすら解りやすい反応だ。

「はいはい、やめなさいお前達。お客さんの前で喧嘩しない」

「しかし妖子様…!」
「怪。接客はお前の仕事でしょう。お客さん待たすんじゃないの」

 妖子にそう言われ、怪は未だ納まらぬ憤りを押さえ付けて、ミチルをソファーの方に誘導する。

「魔御。支度をなさい。今夜はお仕事になりそうですからね」
「ハイ。妖子様」

 ソファーに座る妖子の手の甲に軽く口づけ、魔御は満足そうに出ていく。
 そしてミチルを座らせた後も、怪は不満そうにそちらを睨んでいた。

「怪」
「…申し訳ありません」

 妖子の声が咎めに聞こえたのか、怪は一礼をする。
 だが妖子は、解りやすく怪に手招きをしていた。
 それに気付いた怪は、ソファーの方に来て躊躇わずに膝まづく。

「いい子だから、拗ねないで?
 怪は我が儘を言わないから、すごく助かるんすよ。
 だから…今夜はちゃんと怪と遊んであげる。だからご機嫌を直しなさい」

 クリムゾン色をした怪の髪を、妖子が優しく撫でる。
 まるでペットの犬か、小さな子供を宥めるような仕種に、ミチルは呆然と見つめるしかなかった。
 だがそれでも先程からは、明らかに怪の表情は変わっていた。

 嬉しそうに薄く笑みを浮かべ、妖子を見つめているのだ。
 妖子の方も、愛おしむように優しく撫でている。

「さ。怪には今夜、手伝ってもらわなくちゃいけませんからね。準備をお願いしますよ?」
「はい。かしこまりました」

 そう微笑むと、怪は部屋を出ていった。

「…何なの? 一体。あなたは一体…」
「平たく言えば…魔女って奴です」

 あっさりとミチルの言葉をせき止め、妖子はそう続ける。



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