前編(7)

(大丈夫…なのかな…)

 顔をあげると、みんながミチルのことを見ていた。
 何も言わずに。

「おはよ…」

 それに帰る声はない。

 まぁ、シカトはあっても仕方ないかもしれない。
 あの薫子なのだ。
 早く席に着いてしまおう。

「…あれ?」

 机がない。
 ミチルのだけ、どこにもないのだ。

「…机が…」

 これじゃあ席に着けない。
 座れもしない。

「誰か私の机…知らない?」

 恐る恐る、周囲に伺うが、みんな何も言わずに座っているだけだ。
 こちらを向いたのもあれきりで、いつものように煩く話したりもしない。
 寒気がするほど、怖い空間だった。

「ね…ねぇ、美香! 由美子、千春!」

 視線の先に入る友人。
 呼んでも返事どころか、反応すらない。

 不安で胸が潰れそうになる。
 シカトされるって、こんな気持ちなんだ、と体が震える。

「…隣の空き教室よ」

 不意に聞こえたのは、薫子の声だった。

「薫子…! ホント? ありがと!」

 薫子がやったことなのに。
 やっぱり友達だから、許してくれたんだ。
 そう思うと、ミチルの表情がパッと明るくなり、急いで空き教室に入る。

 そこにあったのは、確かにミチルの机だった。
 しかし。

「…何これ…」

 机の中からドロドロした何かがはみ出している。
 上には、大量の虫や蛙の死骸。
 誰が持っていたのか、牛乳をその上からかけたのだろう。
 床にポタポタと雫が滴っている。

(…ひどいよ…)

 ここまでするなんて。
 あんなに、いうことだって聞いて来たのに。

 色々遊びにも行った。
 きっとグループの中で、一番薫子と仲がよかったのはミチルのはずなのに。
 たった一言気に入らなかっただけで、こんなことされるなんて。

 今まで上手く逃げて来て、虐められたことのなかったミチルには、十分な仕打ちだった。
 虐められたショックと、そんなにも簡単に裏切られたことが。

 確かにミチルだって、虐められたくないという防衛心で薫子と仲良くなった。
 けれどそれはきっかけにすぎない。

 仲のいい友達だった。
 そうミチルは思っていた。

「ひどいよ…薫子…」

 机の中央に見える、牛乳まみれのハンカチ。
 二人でお揃いにと、薫子の誕生日に買ってプレゼントしたハンカチ。
 あんなに喜んでいたくせに。

 涙は不思議と出なかった。
 悔しくて悲しくて、呆然としか出来なくて。

 そのままふらふらといつの間にか、学校を飛び出していた。


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 気付けばあの洋館の前に、ミチルは立っていた。

 もう学校になんかいきたくない。
 薫子にも会いたくない。
 家にもこんな時間に戻れない。

 脚が勝手に、中に入って行く。
 道なんか覚えていなかったのに。
 昨日だって、いつの間にか家路についていて、ここには二度と来ないと思っていたのに。

 ドアが開くと、あの広い廊下が続いている。
 あの部屋に、脚が勝手に進み出す。

「お待ちしておりました。山岡様」

 背後から聞こえた声に、ミチルは息を飲む。
 怪だ。

「あのっ…私ッ…」
「妖子様がお待ちです。どうぞ奥の部屋へ」

 不法侵入を咎められると思っていたのに、何も言わないまま怪は、また奥に向かって行く。
 もう、後には引けなかった。

 黒い扉、怪がノックする。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 ドアが開いたその向こうに、昨日以上の衝撃の光景が、ミチルを待っていた。

「何…あれ…」



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