前編(6)

「失礼いたします。お客様をお連れいたしました」
「ご苦労様。お客さんもどーぞ」

 部屋は黒で統一されていた。
 壁も天井も、カーテンもベッドも。
 そして本でしか見たことのないお姫様のような黒レースのベッドから、少し高めな女の声がし、現れる。

「く…黒河さんっ…」
「山岡ミチルちゃん…でしたよねぇ。まぁ座って下さいな。怪(かい)、紅茶をいれてください」
「ハイ。妖子様」

 ベッドと扉の、ちょうど真ん中くらいにあるアンティーク風なテーブルに、妖子がやってきて座る。
 青年は命じられた通り、茶をいれに部屋をでていった。

「さ。お座りなさいな、ミチルちゃん。あんたの願い…あたしが叶えてあげましょう」

 彼女がそう言い終わる頃には、ミチルは座っていた。
 まるで夢の中にいるようにすら思う。

「あ…あなたが…願い屋なの?」
「えぇ。まぁけったいな名前は着いてますが、要するに何でも屋なんすよ。まぁ…こんなお嬢さんが引っ掛かるとは、思ってなかったんすけどね?」

 苦笑しながら、妖子は髪を首元に束ねる。
 ちょうどその時ノックがあり、先程の青年(妖子は怪と呼んでた)が、紅茶のセットを持って入って来る。

「本日はピンク色の薔薇を。先日飲んだ物は、あまり好評ではなかったので、少し改良してみました」
「ありがと。怪はよく働きますねぇ」

 ミチルに紅茶を出した後、妖子の方にティーカップを置く怪の髪を、妖子が撫でる。
 その瞬間、怪の頬が赤く染まった。

(この人…)

 二十歳そこそこなのに、と言ってしまっては失礼だが、妖子のことが好きなのだ。
 主と呼んでいたから、もしかしたら恋愛感情とは違うかもしれないが…。
 もし恋愛感情なら…。

 ミチルには想像もつかない、大人の恋なのかもしれない。
 もしかして、もうそんな関係で、だから妖子みたいな年下のいうことを聞いているのかもしれない。

 そうだとしたら、妖子は大人だ。


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「それで?」

 不意に妖子に声をかけられ、ミチルは姿勢を正す。

「ぇ? あ、ぇーと…」
「願いはありますか?」

 聞かれた言葉に、薫子のことが浮かぶ。
 だが、そんなことを頼むなんて…。

 みんなの言った通り、次のターゲットが見つかるまで我慢すれば、済むかもしれない。
 大事にして、もっとひどい目に遭うかもしれない。
 そう思い直すと、何かを願うつもりにはなれなかった。

「…私…」

 それに、見返りが金銭ではないということは、恐いことかもしれない。

「…いい。願いなんかないもん。帰る」
「そうすか」

 妖子の言葉も聞かずに、ミチルはランドセルを持って部屋を出る。
 ドアがバタンと閉じたのと同時に、妖子は紅茶を飲む。

「美味しいっすねぇ、これ」
「ありがとうございます。…それより…よろしいんですか?」

 怪の問いに、妖子はクスクス笑う。

「山岡ミチルは、また来ますよ。だって…」

 脚を組むと、細く白いふくらはぎと腿が曝される。
 その膝を軽く妖子が叩くと、怪は妖子の側にひざまづき、その太腿にそっと額をあてる。
 心地よさ気に、ひざ枕のような体制を満喫する怪の髪を撫でながら、妖子は紅茶を飲み干す。

「彼女は必ずここに来ます…苦痛から逃れる為に…ね」

 髪をかきあげたその瞳は、血のように赤かった。


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 翌朝。

 教室にいく足取りが重かった。
 ミチルはドキドキと破裂しそうな心臓をおさえ、教室に入る。

 バケツはなかった。
 よかった。



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