前編(5) 学校から一人でとぼとぼと帰りながら、ミチルは明日からの不安に怯えていた。 きっと薫子は、ひどいことをしてくる。 今まで自分がほかの子にしたような、ひどい仕打ちを。 心構えはある。 しかし…。 (もしかしたら、私はなれてるから、もっとひどいことされるかもしれない…) 水をかけられたり、ノートを隠されるのはまだいい。 服をぬがされたりしたら、堪えられるだろうか。 もしかしたら、信じられないようなイジメを始めたら。 ミチルの不安は募るばかりであった。 「お嬢さん」 「ぇ?」 不意に背後から聞こえた声に、ミチルは振り返る。 そこには、二十歳くらいの若い青年が立っていた。 真っ赤な髪は長く、腰まである。 それを首元で結び、フォーマルなスーツを着たその青年は、ゆっくりミチルの側に歩み寄って来る。 「あ…あの…」 「悩み事がおありですね」 薔薇のように赤い髪と同じくらい赤い瞳で、青年がミチルを見つめてくる。 そういえば妖子の瞳が赤かったと、薫子は言っていたが、こんな感じだろうか。 「ぇ…?」 「この近くで『願い屋』をやっているんですが…よかったらお話伺いましょうか」 「願い…屋…?」 オウム返しにそう問うと、青年は眼鏡を軽く上げて微笑む。 「貴女の願い事悩み事を、解決して差し上げようという慈善事業ですよ。初回の方はただでお受けします」 こんな言葉、普段なら信じるわけがないのに。 誘拐犯の手口かもしれない。 もしかしたら、詐欺かもしれない。 早く逃げなくてはいけない。 そう思っているのに、脚はちっとも動かなかった。 虐められるかもしれないという恐怖から、どうしても逃げたくて、藁をも縋る思いで、その青年の言葉の意味を考える。 「…どんな願いも、叶えてくれるの?」 「えぇ勿論。内容によっては、多少見返りをいただくかもしれませんが。簡単なものなら、本当に無料です。 よろしかったら、館でお話を。私の主が詳しい御依頼を聞いて、見返りの値段を判断いたしますので」 この時、どうしてついて行こうと思ったのだろう。 初めて会った、見知らぬ男に、聞いたこともない職業の話をされて。 そんな都合のいい話あるわけがないはずなのに。 もし合っても、決してそれが、まともなものであるはずがないのに。 なのに、何故か信じなくてはいけない気がして。 ミチルはその青年の後をついて、大きな洋館へと向かった。 こんな場所あったんだ…。 そう思うくらい、そこは広かった。 段々と知らない道にきて、気付けば洋館の門をくぐり、玄関への道を歩いていた。 庭には薔薇や季節の花が咲き誇っていて、まるで花園にきたような気分になった。 中に入ると、赤い絨毯の敷き詰められた広いロビーがあり、シャンデリアが天井で神々しく輝いている。 高級ホテル…否、行ったことはないが、童話の中のお城とは、こんな感じなのだろう。 「こちらです」 広い廊下を歩いて行くうちに、何種類もの部屋が見えてくる。 どれもチョコレートのような茶色の扉をしている。 だが最奥までいくと、今度は六つのドアが顔を出した。 真ん中に黒と銀の扉があり、右側には赤と青、左側には白と、勝手口かといわんばかりの、この家にそぐわない鼠色の粗末な扉がある。 その中心に聳える黒い扉を、青年はノックする。 「どうぞ」 中からの声に、青年は扉を開いた。 前頁/次頁 |
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