前編(4)

 ミチルが押さえたことで、他の女子も妖子の体を押さえだす。
 そして手渡されたハサミを、妖子に向ける。

「…忠告です。辞めときなさい。あたしゃ構いませんけど、やばいことになりますぜ?」

 今まで飄々としていた妖子が、初めて真剣にそう言った。
 それが、妙に怖くて…ミチルも薫子も、恐らくそこにいた女子全員が息を飲んだ。

「ぅ…煩い!!」

 だがここで辞めることを、薫子のプライドが許さなかったのである。

 妖子の前髪を、薫子が乱暴に掴んだ、その瞬間だった。

「きゃっ…!」

 何かに驚いた薫子が、妖子から離れて尻餅をついて転ぶ。

「薫子?! 大丈夫っ?」

 ミチルの声掛けに、薫子は怯えたような瞳を向ける。

「…あーあ。だから言ったのに」

 前髪を直しながら、妖子がいつの間にかいつもの口調でそういう。
 けれどその口調の中に、何か楽しげな色が見えた気がした。

「見ちゃいましたね。後悔しますよ。あんた」

 見える薄いピンクの唇が弧を描く。それは乳首のピンクとよくにた色に思える。

「これで…二度と楽には生きられない。死ぬことも辛くなる」

 服を手際よく着て行く妖子を、薫子はただ怯えながら見るだけだった。
 着替え終わった妖子は、ランドセルを背負って、ミチル達の方に顔を向ける。

「あたしは忠告しましたからね?…お嬢さん」

 その楽しげな妖子の声が恐かった

 トイレから出ていく妖子の背が見えなくなった頃、ようやくミチルが我に返る。

「薫子っ…大丈夫? 一体何だったの?」

 駆け寄って立たせてやると、薫子は震える唇を開く。

「…赤いの」
「え?」
「あの子…眼が赤いの…。カラコンとかじゃない…ホントの赤…どす黒くて、怖くて、冷たい赤…まるで…まるで」

 何かを薫子は見たのだ。
 赤い瞳を見たというのである。

 そんな馬鹿な。
 今日びウサギではあるまいし、カラーコンタクトでもないのに赤いわけがない。

 そしてその赤い毒々しい瞳を見ただけで、ここまで怯えるものだろうか。

 しかし、解らなくもなかった。
 実際、妖子の雰囲気に、全員が気圧されていたのだから。

「…大丈夫だよ。きっと見間違いだって。カラコンだよ」

 何とか薫子を励まそうと、そうミチルは微笑んだ。
 だがそれが仇になった。

「…何よ。私の言葉が信じられないの?!」
「そんなこと…」

「馬鹿にしてんでしょ!? あんな子にビビらされて、いつも偉そうにしてるくせにって!」
「ち、違うよ。そんなんじゃ…」

 まずい。
 薫子の逆鱗に触れたかもしれない。

 機嫌が悪い理由は明らかだ。
 妖子を思う通り虐められなくて、トイレで座り込むような不様な姿を曝したのが、プライドの高い薫子には許せなかったのだ。

「…ミチル。あんた明日から、覚えてなさいよ!」

 ランドセルを持って、薫子が走って帰っていく。

 明日から。
 まさか。

(どうしよう…私…イジメの的にされちゃう…!)

 すぐにそばにいた他の友達に、助けを求めようと視線を向けたが、無駄だった。
 ミチルを憐れむように見つめながら、ランドセルの置いてある方に向かっている。

「ね、ねぇ待ってよ! 一緒に帰ろうよっ」
「ごめんミチル…あたしたち、巻き込まれたくないから…」
「次のターゲット見つけるまで頑張ってね?」

 ミチルの言葉に、無情な返事が返って来た。

 終わりだと思った。



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