後編(1)


「……一か八か…天照頼みにすっか…。朔羅、足止めくらいは手伝ってくれんだろうな?」
「お願いしますは?」

この期に及んでまだ言うか!

ズズッ…ズズズッ…

生々しく音近づくしッ!

「ッ…お願い、します…手伝って、く…ください」

怒りを堪え、震える声でそう(大変不本意ながら)頼むと、朔羅はニィッと満足そうに笑う。

「そこまで言われちゃ仕方ねぇなァ…」

そういうと、懐から愛用の横笛を取り出す。竹で造られたそれは、古典の中に出てきそうな綺麗な楽器だ。
朔羅は浄霊を得意としている。元々夜木の家系には、男女関係なく神子として天童の当主を支える役目がある。
その為楽器等を使って妖怪や霊をなだめ清める力を持っている。

体の弱い朔羅は、その逆といわんばかりに霊力が強く、結界の中や霊力者の側以外だと入られ易い霊媒体質なのである。

「けど…きくのか? 笛…」
「黙ってな」

目をつむり、低い響くような音で朔羅が曲を奏でる。
風の音にも似たその音が流れ出した途端、牛鬼の足音がピタリととまったのだ。
驚いた俺が少しだけ覗くと、まさにあと一歩(この場合牛鬼の一歩な訳で)の辺りで硬直している牛鬼の姿が見えた。

「すげ…」

暫く見つめていた俺だが、こうしてる場合じゃないことを思い出す。そして経文を唱えて天照を呼んだ。

光に体が包まれ、俺の体が天照の物になる。
伸びた髪をかきあげ、天照は俺の気も知らずに楽しげに笑う。

「誰かと思えば…月讀。お前か」

男も女も問わず骨抜きにしかねないその視線と声に、朔羅はニヤッと笑う。

「お前かとは、ご挨拶じゃねぇか。え? 姉王よォ…」

朔羅の話し方も雰囲気も変わらないのに、それは既に月讀だった。
朔羅は覚醒しない。月讀と完全に混ざっているらしい。だから、月讀の心を持って産まれて来たのだと、確か親父が言ってた。

「…俺に会いたかったから、こんな面倒を起こしたのではあるまいな?」

天照の言葉に、朔羅はニヤニヤしているだけだ。
笛の音が止み、牛鬼が再び動き出そうとしてる。
ってのに…のんきに喋ってんじゃねぇよ!

俺の心の叫び(つっても天照にしか聞こえてねぇ)をまるで聞きもせず、天照は側の朔羅の髪に触れる。
朔羅はそれだけでビクンッと体を跳ねさせる。普通の性感のあの三人(エロいっちゃエロいが)でも腰砕けにする天照の囁きに、敏感な朔羅がもつわけはない。

表情は余裕そうだが、明らかに体が震えてる。

「もしそうなら…お仕置きをしなくてはな?」

その言葉に、再び朔羅の体が震える。

「あんな面倒な物の始末をさせる理由が、構ってほしいわがままだというなら…そんな姫にはきつくお灸をすえてやらねば」
「…どんな?」

やっと言葉を発した朔羅の声は、震えていた。
求めた癖に、怯えて、早く欲しくて堪らないって顔になってる。

「…あれを消したら、体に教えてやる」

そろそろ世間話をしてられる距離じゃなくなったのを察した天照が、牛鬼に向かって腕を伸ばす。



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