前編(6)
「え、本当にあるんですか?」
料理を運んでくれた民宿の奥さんに牛鬼の話を聞いたら、当たり前のように話してくれた。
「伝説なんですがね。この辺りに昔住んでいた海の妖怪達の主だったとか、牛鬼を見たら漁で死人がでるだとか。今でも古い人は信じてるみたいですよ?…そういえば、海鳴りが激しい日は牛鬼がでないとかなんとか…昔祖母に聞いたこともありますね」
「海鳴りか…」
ごゆっくりとさった女将さんを見送り、俺はまた外を眺めていた。
「…朔羅。どうするつもりなんだ? いい加減話せよ。作戦たってんだろ?」
そう聞いても、朔羅は全く聞こえていないように文献を読みすすめている。
どうしてこう一方的なんだこいつは…。
結局、朔羅とはその後一言も話さなかった。
真夜中をすぎるまでは。
*---
「---…ろ…起きろボケ」
「ぅわっ!?」
いきなり頭を叩かれ、俺は平穏な睡眠から引きずり出される。今日のは歌かなんか歌ってた夢だったような…。
「ん、だよっ…まだ真っ暗だし…何時? 今」
「1時」
「あぁそう1時………1時? あの…午前1時」
「昼過ぎに見えッかよ」
見える訳ない。
「……おやす」
「支度しろ。いくぞ」
寝直そうとした俺の毛布は引きはがされ、朔羅はすでに着替えていたのかさっさと襖の方に歩いていった。
「ちょっ! まっ! ~~あぁっもう!」
一人で行かせて何かあったら…なんて過保護な俺の良心が、二度目の睡眠ヘいざなってくれるとは思えなかった。
*---
海岸の崖。岩場になっている場所を、朔羅が道を知っているように歩いていく。俺はついていくので精一杯だが、何故だろう。
そんな事を考えていると、まるで地層のように高く切り立ったところのある崖の下までやってきた。
側には、岩なのか土なのかはわからないが、それが洞窟のようになっている場所があった。
「なんだ…これ」
「そこじゃねぇよ。お前の仕事はこっち」
立ち止まりもせず朔羅はそういって、さらに奥に歩いていった。
(相変わらず横暴…)
溜息を表には出さず、俺は歩き続ける朔羅を追った。
舗装されていない荒れた海にでる。海水浴客すら来そうにない、本当に自然の海だ。
夜の海は、夏とはいえ不気味さをかもしだす。
真っ暗な海と、グレーに近い砂浜。浜は少し、青く輝いていた。
「うわ…」
「海ほたるだ。結構いるみたいだな」
歩きながら、朔羅がそう話す。海ほたるなんか都会の海じゃ見れないから、俺は相当興奮してしまった。
「…あれ…?」
足元が、さらさらした砂から砂利まじりになる。その先に、俺は見つけてしまったのだ。
巨大な岩を。
「…気付いたかァ。なんだかんだ天照の力が板についてきたんじゃねぇのォ?」
喉で笑いながら、朔羅はその岩に近づいていく。
まさか。いやそんな馬鹿な。
「…牛鬼の…」
「封印石よ。こいつがズレたら奴が目覚める」
朔羅の言葉に、俺の表情が強張る。けど…
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