前編(4)
「これが…何?」
「…チャイムなるから、読んどけ」
そういわれ渡された文献は古びていて、美術館とかに保管されていそうな代物だった。
牛鬼はかなり凶暴らしく、見つかった者はそのまま食われてしまうらしい。
さらに大概の攻撃は聞かず、火に弱いという説があるが、かなりの巨体だから燃やすのも至難の技だとか。
牛鬼には濡れ女という女房がいる。という説があり、女房に騙された漁師を餌にしてるとか。
…ツツモタセ?
(えーと何々…牛鬼は普段封印されていて滅多に姿を表さないことから、妖怪の中でも稀とされていて…)
封印されてるって奴は大概やばいんだよなぁ。
(牛鬼を退治するには…ん?)
頁がない。破れてる?
いや…違う。
(古すぎて文字が…)
ただでさえ古典得意じゃねぇのに。
俺はチャイムがなるのにも気付かず、じっとその文献を見つめていた。
その時。
「…まだかかってんのォ?」
背後からの声に、思わず飛び上がりそうになる。
「あ…ぇと…さ、最後がさ…」
「あぁ…最後か…」
ふと視線を反らし、朔羅はニヤニヤと毛先をいじりながら笑う。
「そこには牛鬼の退治の仕方が乗ってたんだぜェ」
「退治の仕方…」
「牛鬼を倒すには、炎で焼き尽くすか心臓をひとつきにするしかネェの。けど誰も奴を消せはしない」
甘く唄を歌うような朔羅の言葉に、俺は眉を潜める。
退治不可能?
封印以外の方法は無理なのか?
「牛鬼を殺した奴ァ…牛鬼になっちまうんだよォ…」
「なっ…!?」
それってどういう意味だ?
牛鬼になるって…。
「…あれは一種の呪いって言われてる。牛鬼は、神の獣に近い…呪いなんだよ…」
呪い。牛鬼を殺した物は牛鬼になってしまうなんて。
そんな…。
「七人ミサキとかと一緒なんだよ…。呪いは輪廻…終わらない運命(さだめ)…」
まるで睦言だった。今にも喘ぎ出しそうな声なのに、表情は不気味ささえ漂う笑顔で。
「…その牛鬼が、一体なんだってんだよ」
そうだ。あまりにも唐突過ぎる。言葉を失った俺は、その困惑を補うようにそう聞いた。
嫌な予感がしていた。
朔羅の突然の登校。
渡された牛鬼についての文献。
まるで天使のように美しい顔が、悪魔のような笑顔を向ける。
「…牛鬼に、会いにいくんだよ」
嫌な予感が、的中した。
*---
……………結論。
朔羅が学校に来るとろくなことがない。
「……それで?」
「あぁん?」
「…ここはどこだ?」
「海」
そういうことじゃなくて…
「じゃなくて! 何で俺達海にきてんだって!?」
「牛鬼退治のため」
…こいつは…。
数時間かけて某県までやってきたわけだが…何故俺までがこんな目に!
学校終わった途端新幹線に放り込まれてさ。
「じゃなきゃこんなクソ暑いとここねぇよ」
ぐったりしている朔羅を見ながら、俺は溜息をつく。暑いの苦手なくせに何でこんなとこまでついてきたんだが。
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