第2章 第6話「そして、はじまり」
「起立! 気をつけ! 礼!」
毎朝ある。ただ当たり前の挨拶。
おはようございます、という言葉と共に頭を下げ、そして着席する。こんなことに何の感情も抱いたことはなかったのだが、今の千奈美はショーツ一枚しか履いていない。千奈美どころか女子生徒全員が同じ格好をしている。
そして、教卓に立つのは男の人だ。
伊藤敬介という担任は、四十歳が五十歳過ぎなのだろう。老けで顔の肌には皺が入り、頬の肉がふてぶてしく垂れ下がっている。髪は見るからに脂質でテカテカと光を反射していて、頭上がカッパのようにハゲている。
そんな敬介先生は、「気をつけ」で千奈美含む女子達が両腕のガードを下ろした時、確かにほくそ笑んでいた。
――ニヤッ。
と、口元が軽く歪んでいた。
面白がっているのだ。
女子全員が目の前で脱衣して、起立だの気をつけだの、自分の指示通りに動かしている。みんなのオッパイを確かめて、得をした気分になっている。
(どうせ、みんなと一緒だし……)
それだけが、唯一の慰めだ。
集団で同じ姿をしているおかげで、千奈美は比較的に冷静さを保っている方だと思う。羞恥心が分散するとでもいうか、もし自分一人だけでこの格好となり、敬介先生の目の前に立たなくてはいけないとしたら、もう泣きながら死ぬしかない。
集団心理とは立派なもので、パンツもオッパイも見られるなんて、本当ならもう生きていけない気持ちになるが、自分でも驚くくらいに落ち着いていられた。
しかし、それでも悲しかった。
(……先生なんかに見られた)
健一に初めて見せようと思っていた肌が、立ち合いの名の下に居座る教師に見られた。
それは悔しくて悲しい。
やっぱり、みんなで同じ格好だから、まだしもマシだ。医者にかかったら、学校検診でなくとも脱衣の可能性はあるのだし、この状況もそれと同じと思えばいい。命と健康を守る意味合いについての教育も受けているため、単なる脱ぎ損をいう気持ちはない。
ただ、いい気持ちはしない。
パンツ一枚にさせられて、これからこの格好で廊下を移動する。医師にも教師にも裸を見られて、アソコやお尻の穴の診察まで行われる。
嫌な気持ちがしないわけがない。
(もう少し早く付き合っていたら、初めては健一だったかな?)
もちろん、こんなのはノーカンだ。
しかし、もしもっと早くから付き合って、既に初めてのセックスを経験していたなら、裸を見せるのも何もかも、正真正銘健一を初めてにできたかもしれない。考えても仕方がないのはわかっているが、そうできたらよかったのにと、少しくらい思わずにはいられなかった。
それに何だか変な気持ちだ。
例えば家の風呂場だったら、服を脱ぐなど当たり前すぎてどうとも思わない。自分の部屋で脱いだにしても、自分一人で過ごす領域で裸になっても気にならない。
しかし、ここは教室なのだ。
制服を着て、本当なら授業を受けているはずの場所で、みんなしてショーツ一枚だけの姿になるなんて、とても変な感じがする。こんな学校という場所で全身に外気を感じて、担任なんかにオッパイまで見られていて、あまりにも変な感じだ。
変だし、辛いし、悲しいし……。
(何なのかな。これ……)
保健調査票のカードが、前の席から順番に配られる。測定時や検診の際、担当者にその都度渡して、ここに数値や診断結果を記入してもらう。各自持ち歩くため、移動中や待ち時間のあいだは、このB4サイズが乳房のガードの役に立つ。
「よし、並べ」
ぞろぞろと、廊下へ出ていき、出席番号順に整列する。大切に乳房のガードを固めながら、千奈美は移動に合わせて歩み始めた。
こんな風に裸のまま連れて行かれて、本当に惨めだった。
back/
next