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<第5話:敗北> 客席に進み出て軽食のサーブを開始した二人は、ワゴンを挟んで前が恵、後ろが香織に立ち、お互い普段より距離を取っている。 ワゴンが死角にならぬよう、またお互いの足許を監視できるよう、あうんの呼吸で動ける絶妙の位置取りだ。今度はやられる前に犯人を見つけ出してやる。 何列かのサーブを済ませた時、窓際に座る中年女性が恵を呼び止めた。 「すみません。ちょっといいですか?」 「はい。如何されましたか?」 もしかして犯人?でも女性。恵と香織は同じことを感じ取り、直ぐに周囲を警戒した。 「あの~、乗った時からずっとテレビのリモコンが動かないんです。どうやっても。何が悪いんでしょう?」 「左様ですか。申し訳ありません。少々確認させていただいてよろしいですか?」 恵は隣席の乗客に一声かけた上で、隣席とその前席との間の空間に右脚を軽く踏み入れた。左脚は少し斜め後ろに構えて、右手を前席の座面後ろに乗せる形で体を安定させている。そして体を女性の方に乗り出し、リモコンを操作し始めた。 通路から座席の一部に斜めに乗り出す形になりながら、急な揺れに対応出来るよう、体を上手く安定させて奥の乗客の問題解決に当たる。 通路に残した左脚は若干つま先立ちで、パンプスのヒールも微妙に床から浮き上がり、踵がパンプスから少し脱げているが、体位としてはこれで十分だ。 恵は、リモコンを色々操作してみたが、確かに全く反応しない。PCがフリーズした様な状況なのだろう。 これは、一旦ご説明差し上げた上で再起動させないと。 「確かに動きませんね。恐らくシステムが停止してしまっているのだと思います。 これからコントロールパネルに戻って再起動させていただきますね。 一旦画面が消えてしまいますが、再度点灯したら使えるようになると思いますので。作業が終わった後、もう一度来ますね。」 「あぁ、そういうことなのね。すみませんねぇ。宜しくお願いします。」 ワゴンを挟んで反対側に立つ香織は、作業をするふりをしながら、恵の方向、特に脚の付近に警戒の視線を送り続けていた。 あの女性自身は犯人では無さそうだが、対応の為にとっている態勢、このタイミングで犯人が狙っている、若しくは犯人がこの状況を作り出している可能性が十分にあると踏んでいるのだ。 が、恵が女性の対応を終え態勢を元に戻した瞬間。怪しい動きを見逃すまいと注視する香織の瞳、ただでさえ大きな瞳が更に大きく見開いた。赤く彩られた唇も半開きになり、締まりの無い顔になってしまった。 コントロールパネルはギャレーの横にあるから、事情を説明して香織に操作してもらおう、と思いつつワゴンの向こうにいる香織の顔を見た恵は2つの異常に気付いた。 1つは香織の顔が真っ青であること。目を大きく見開いて口は半開き。表情からして尋常ならざることが起きていることが分かる。 そしてもう1つ。恵は両脚に冷たいものを感じると同時に、脚を引き締めつつ包んでいるストッキングの感触があからさまにおかしくなったことだ。 香織は恵と目が合うと、真っ青な顔のままワゴンに歩み寄ってきた。恵も香織につられるようにワゴンに歩み寄った。 「高橋さん。ギャレーに戻りましょう。今すぐ!」 香織の声は震えていたが、有無を言わさぬ圧力があった。そして、恵の返事を待たず、自らワゴンをギャレーに向かって引き始めた。 何が起きているのか想像出来てる恵であったが、自分の脚を見る勇気も持てず、ただ黙って香織に連れられてギャレーに戻って行った。 ギャレーに戻り、ワゴンにロックをかけるなり、香織は恵に歩み寄って耳元で小声で囁いた。声は震えたままであり、顔も真っ青なままだ。 「私、ずっと高橋さんの足許を注視していたんです。何か起こるんじゃないかと思って。 でも、誰も近づいていないのに。私が見ている前で突然。何か悪い夢を見てるみたい。」 香織は、たどたどしく言いながら視線を下に落とした。恐怖のあまり顔が引き攣っている。 恵は意を決して、恐る恐る自分の左脚に目を向けた。 「ど、どうして!?」 恵は、驚きのあまり声を立て、赤く彩られた口を開けたまま、呆然と足許を見つめ続けた。 アイメイクの入った目は大きく見開いたまま見る見る涙を溜めていき、今にも溢れんばかりである。 二人の視線の先には、透明感ある黒いストッキングに包まれた、美しい脚がある筈であった。が、そこにあるのは、 右脚は足許こそ黒光りするパンプスとストッキングが足首まで覆っている。しかし、足首近くで皺になった布はそこで途切れ、スカートの裾に至るまで白い肌をさらけ出している。 脚を引き締めつつ覆っている筈の黒い布は、足首からだらしなく後ろに垂れ下がる形で、黒い布の帯が床に広がっている。客席からここまで、破れて垂れ下がったストッキングを床に引きずってきたらしい。 臀部は引き締めたままなので、ストッキングは生地が薄い太腿から下を足首まで引きちぎられ、床にへたり落ちたということだ。 左脚は縦に大きく何本もの裂け目が入り、ヒラヒラと裂け目から白い生肌を見せている。パンプスに覆われている爪先を残して引きちぎり、上から下まで完全に縦に裂かれた状態だ。 香織に監視してもらったのにこのザマ。悔しいが完敗である。 「とにかく取り替えましょう。このままは酷すぎます。私予備1着持ってますから出しますよ。」 香織は狼狽しながらも、気丈に恵を励ました。 「有難う。でも大丈夫。あと1枚だけ予備持ってるから。」 「分かりました。取り敢えずこっちは私1人で何とかしますから、他の人に見られる前に履き替えちゃってください。」 「有難う。お言葉に甘えてそうさせてもらう。 私がさっき話をしていた50Aのお客様、テレビのリモコンが動かないから再起動しないといけないの。悪いけどお願い。」 「かしこまりました。」 香織はそう答えると、一人ワゴンを押して客席に戻って行った。 戻る/進む 画像は相互リンク先「PORNOGRAPH」CAアンリ様からお借りしています (原寸より縮小しています) |