<第2話:事件発生>

飛行機は離陸態勢を終えて機体が安定し、ベルトサインが消えた。と同時に人々が動き出す。
クルーは顧客におしぼりの配布や飲み物の提供をし、暫くした後に軽食のサーブをしていく。
そして一旦消灯し、着陸時刻より数時間前から改めてメインの食事を提供する。
フライト時間7時間少々というのは、2回食を提供するオペレーションとしては、長いようで短い。

恵は香織と共にオペレーションに則って乗客におしぼりを配布して回った。
一通りおしぼりの配布を終えると、他のペアが飲み物の提供をして回っている間に、二人で軽食の準備に入る。
ギャレーで作業を始めて少し経った頃、香織が何やら言い難そうな顔をしながら恵に近づいてきた。何か失敗でもしたのだろうか?

「吉永さん、難しい顔して、どうかしましたか?」

「高橋さん。。。あの。。。」

何とも言い難そうである。何があったのであろうか?特に問題は起きてなさそうだが。

「どうしたの?吉永さん。遠慮しないで言ってちょうだい。」

やはり、香織は非常に言い難そうである。更に恵に近寄って口を耳元に添わせる形で囁いた。

「すみません。凄く言い難いのですが。高橋さんの右脚ふくらはぎの辺りが。あの。」

香織は、その後の言葉を濁し、黙ってしまった。そして申し訳なさそうに恵の足許に視線を送りつつ、他から恵の脚を隠すように自分の脚を後ろに踏み入れた。
恵の黒い右脚と香織の左脚、靴が接触しかねないくらい接近して2本の黒くて細い脚が止まっている。
恵は、香織の言葉にハッとして、香織が視線を送る先、自分の右脚ふくらはぎを見て目を大きく開いた。

「え、何これ!いつの間に!?」

驚愕のあまり思わず声を発してしまった恵は、慌てて赤く彩られた口元を手で覆った。
二人が視線を送る先には、透明感のある黒くて薄い布に包まれている細い右脚がある。しかし黒一色の筈が、ふくらはぎの辺りだけ、アキレス腱から膝裏にかけて一本の白い線が真っ直ぐに出来ていた。
そこの部分だけ、黒い脚を二分するかのように、肌の色を露出させた縦線を作り、脚を引き締めている筈のストッキングの生地にも緩みが生じている。
何かに引っかかって事故的に起こるような破れではない。誰かが意図的に鋭利なもので切りつけたとしか思えない線だ。機内にカッターは持ち込めないので、例えばペンとかの類であろうか。しかしそんな鋭利なものがあろうとは考え難い。
それにしても酷い。故意にやられたとしか考えられない傷だが、では誰が何時、何の目的で、どういう方法でこのようなことをしたのか?
これ程の事をされれば直ぐ、脚に何らかの感触を受け、気付いて対処して然るべきものなのに、一切感じるものが無く、香織に指摘されるまで間抜けにも破れたままだったとは。どんなトリックを使えば気付かれずにこんな事が出来るのか。

恵は、あの手紙の存在を思い出して薄ら寒くなった。そう言えば、あの手紙も目の前で突然現れた。何の気配も無しに。
であるならば、ただ悪戯にメモを忍ばせたのではなく、実際に悪戯を働くつもりで敢えて答えなんか書けないような質問をしてきたということか。
であるならば、手紙の主と今回の事件は同一犯の仕業ということになる。しかも誰だか分からない謎の人間が。

「もしかして、お気付きになっていらっしゃらなかったのですか?」

「うん、全く。」

「どこかに引っかけたという感じでも無さそうですし、お客様の何方かが、悪戯をされたとか。でも、これほどの傷なら何か感触があっても良さそうですが。」

「それが、何も無かったの。狐につままれたような気分よ。こんな事されて、今に至るまで全然気付けないなんて。」

流石に、あの手紙の事を言おうにも、まともな説明が出来ない。離陸中、何の気配も無く不意に手元に手紙が現れたなんて。誰が信じてくれようものか。

「お客様の可能性が高そうですから、今日のフライトは注意が必要ですね。他のメンバーにも伝えましょうか?」

「いや。何の感触も無く、突然破かれたと言ったところで、信用出来るものでも無いでしょう。何故気付かなかったのか、単なる事故ではないか、根拠も無しにお客様を疑うなと言われて終わってしまうわ。」

「そうですか。そうですね。先ず怪しい人の見当をつけないと話にならないですね。私も協力します。」

「有難う。ただ、ここまで切れたままの状態で成田まで残り6時間以上もお客様の前で乗務するのは恥ずかしいしみっともないから、合間を見て交換させてもらうね。念の為に予備持ってきてるし。」

「そうしてください。ここは大丈夫ですから。」

「ありがとう。」

それからテキパキと軽食の準備を進めた恵と香織は、余裕を持って準備を終える事が出来た。ストッキングを履き替えるだけの時間を持てそうである。

「吉永さんのお蔭で、かなり余裕持って準備が終わったわ。悪いけど少しだけここを外すね。」

「お褒めいただいて有難うございます。ここは大丈夫ですから、どうぞ遠慮せず。」

恵は、自席の荷物から予備ストッキングをポーチに入れると、乗客の利用が途切れたトイレに入っていった。


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画像は相互リンク先「PORNOGRAPH」CAアンリ様からお借りしています
(原寸より縮小しています)






























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