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<第21話:逃げ道を塞ぐクモの糸> 後ろから髪の毛を鷲掴みにされ、荒い口調で言い放つ太郎を目の当たりにした真樹は、想像もしなかった彼の変貌ぶりに驚愕した。 「そ、そんな。。。」 顔から血の気が引き、恐怖で身体がワナワナと震えている。少し前まで毅然とセクハラに抗議していた彼女からは想像も出来ない程の怯えぶりである。 黒いアイメイクで目元を強調して鋭く二人を刺していた目も、今ではうっすらと涙を浮かべて怯える哀れな子猫のような目に成り下がっている。 「ふん。思いっきり怯えちゃって、スーパーキャリアウーマンも密室で自分が男に襲われると分かったら、勝負モードのまま震える無様な姿を晒してくれる訳だ。コイツは美味しくいただけそうだ。」 「おやおや、流石の三ツ瀬さんも目に涙を溜めて震えてしまいましたね。頑張って作った勝負メイクも、そうやって涙目になって怯えると哀れなものです。 仕事のデキるエリートキャリアウーマンも、ビジネスから離れて身体を提供する女に貶められてしまったら、こうなるしかないですよねぇ。これは楽しい夜になりそうです。」 髪の毛を鷲掴みにしながら後ろから荒く言い放つ太郎。前から指先で真樹の顎のラインを撫でながら穏やかに語り掛ける隆。 対照的な言動を見せる二人であったが、赤いスーツに包まれた華奢な身体を震わせる真樹を前後から挟み込んで、自慢の美貌を堪能しようと獣のように狙っているという意味では同じであった。 要は、今までダメ男とばかりに蔑んできた史郎によって、襲ってくださいと言わんばかりの丈の短いスカートスーツに黒ストッキングで、スイートルームという密室にまんまと閉じ込められ、男二人に身体を売らされるという罠に嵌められたのだ。 史郎ごときに翻弄され、こんな目に遭わされている自分の至らなさを悔やみながらも、「とにかく今はここから逃れなければ」、真樹の頭の中はそれだけが占めていた。 「わ、分かりました。水島の指示通り、大人しく言う事聞きますから、その手を放してください。頭が痛いです。」 真樹は、後ろから髪の毛を掴む太郎に対し、しおらしい表情で訴えかけた。 それを見て観念したと思った太郎は、彼女の髪の毛から手を放した。と、その瞬間である。 真樹は前を塞ぐ隆を力いっぱい押しのけると、素早くソファーの外へと抜け出した。 「冗談じゃありません!私はあんな合意は絶対に認めません。直ぐ社に戻って合意の無効を社長に訴えてきます!貴方がたのセクハラ行為ともども!!」 一瞬の隙を突いて窮地を脱した真樹は、黒く縁取られた目でソファーに座ったままの二人を見下ろしつつ睨み付けると、昂然と二人に言い放った。 そして、玄関ホールへ踵を返し、呆然と見上げる二人を尻目に颯爽と部屋を出て行った。 上手くいった。何とか窮地を脱することは出来た。 それにしても、あの二人もそうだが、何よりも水島史郎が許せない。私の身体をリベートとして提供する密約を結んでいたなんて。 それがこの大口契約の裏だったのだ。それならこっちにも考えがある。二度と社会に戻れないように徹底的に糾弾してやる。 沸々と湧き上がる怒りを抑えながら足早に進む真樹は、玄関ホールに入ったところで祐佳に出会った。しかし、真樹は彼女に視線を向けることもなく、真っ白い大理石の床にハイヒールの音を刻みながら扉へと向かっていった。 扉の前に至り、ドアノブに手を伸ばす真樹。これを開いて外に出れば密室から抜けられる。そう思った矢先である。 「明日、東京マシナリーの秘書課では面白いショーが見れそうね。」 「え!?」 後ろから突然投げかけられた声に戸惑いの声を上げた真樹。一瞬彼女の手が止まった。 「秘書課の三ツ瀬真樹は、明日を持ってスーパーキャリアウーマンの看板が崩れ落ちるわよ。同僚の前で今日みたいに喘いで下から垂れ流してね。貴方が水島君に勝てる訳ないじゃない。 どんなに仕事がデキてもアソコを守る術が無いんじゃねぇ。彼に逆らって私たちの相手を拒否した貴方が、同僚に囲まれたオフィスの中でスーツ姿のまま膝を折るところ、私も見学に行こうかしら。」 祐佳の言葉が鋭いナイフのように真樹の心に突き刺さる。真樹は伸ばした右手をドアノブに掛けることも出来ず、その場から動けずに立ち竦んでしまった。 赤いミニスカートから伸びる黒い両脚がガクガクと震えている。会議室で起きたことを思い出し、それが同僚が見るオフィスで起こることを想像した時、真樹は部屋を出ることが出来ず、その場で怯えるしかなくなってしまったのだ。 「あ~ら、そんな震えちゃって可愛い。そうよねぇ。積み上げたキャリアも大学の勉強も、何もかも水島君の前じゃ役に立たないもの。美人秘書様も震えるしか無いわよねぇ。」 真樹に歩み寄って背後から密着した祐佳が、両手で巻き込むように真樹の身体を押さえ込む。 どうして良いか分からない真樹は、まるで蜘蛛の糸に絡み取られて身動きが取れない蝶のように、その場で抱き着かれたまま震えるばかりであった。 前頁/次頁 |