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<第20話:スーパーキャリアウーマンの誤算> 事前合意を反故。真樹は、祐佳から突如浴びせられた思いもかけない言葉に対する驚きを隠せずにいた。 「事前合意って、こんなセクハラ行為とビジネスの合意、、、な、何が関係あるんですか!?」 ビジネスにおいてセクハラはあり得ない。そんな真樹の強い意志が辛うじて強い主張を祐佳に対してさせるも、動揺は覆うべくもなく、さっきまで見せていた鋭い視線は影を潜めていた。 「困りましたねぇ、三ツ瀬さん。合意書ちゃんと読みました?」 今度は左に座る隆。真樹は慌てて彼の方を向いた。 「よ、読みました。余すところなく全て。で、でもセクハラなんて。。。」 自分が関与する大型案件。当然合意書の条項全てに目を通している。今ここでセクハラを受けるような内容は当然無い。ある訳が無い! 文書を思い返しつつ確信している真樹であったが、左右を固める隆、背後に立つ祐佳。三方から向けられる妙に落ち着き払った視線が彼女を不安にさせた。 「セクハラ何て?そりゃ書いてる訳ないよ。そんな合意書あり得ないじゃん。でも、今日この場のことはちゃんと合意書に入ってるぜ。」 今度は右に座る太郎。真樹は彼の方に向き直った。 「ご、合意書に入ってるって、、、ど、どういうことですか?」 真樹は本気で理解出来なかった。セクハラなんて書いていないけど、今セクハラを受けることは合意に入っている。その真意が掴めないのだ。 「おや、全て読んだという割には呑み込みが悪いですね。社長イチ押しのキャリアウーマンなのに意外だな。それなら、合意書の内容を解説してあげないと。」 今度は左から隆。真樹は再び身体の向きを変えた。が、当の隆は視線を右上、そう真樹の背後に立つ祐佳に向けていた。 身体を左に向けた真樹は、彼の視線につられて顔を更に左上に向け、間近にいる祐佳を見た。彼女は書類を手に持っている。恐らく今回の取引に関する事前合意書。 「さっきから、あっち向いたりこっち向いたりオロオロしちゃって。勝負メイクとかしてスーツにハイヒールでカッコつけてる割には落ち着きないわね。 英明の法科を主席で卒業したって言うからどんなものかと思ったけど、こんな合意文書の裏を読めないんじゃ大したことないわね。もうメッキも剥げちゃったし、キャリアウーマンの看板も下ろしたら?」 祐佳が蔑みの言葉を投げつけながら合意書を真樹に手渡した。真樹は受け取るなり、その合意書を一気に読んだ。 「やっぱり。何度読んでも、今ここで私がセクハラを受けるような内容はありません。」 自分の見落としを懸念した真樹であったが、思い違いはなかったとホっとしつつ改めて隆を睨んで抗議した。が、そんな彼女の右腕を掠めるように後ろから手が伸びてきた。 「ここだよ。ここ。」 太郎であった。彼が指さしたところ、そこには「疑義ある件は3者が誠意をもって話し合う」と書かれている。ここで言う3者とは時遊人コーポレーション、ジャパン・トレーディング、東京マシナリー。 日本の契約書ではよくある記載。しかし、それが今回の問題と関連するとも思えない。 続けざまに、背後に立つ祐佳がもう別の文書を真樹の前に開いて指さした。それは、合意書の英語版。そこには日本語版には無い追加条項が記載されていた。 「東京マシナリーは年3000万円相当のリベートを一晩、時遊人コーポレーションとジャパントレーディングに貸し出す!?これは一体。。。」 真樹は絶句した。今回の合意書は日本語版が「正」。英訳版はあくまでも「翻訳」である。そもそも英訳版の存在そのものを真樹は知らなかった。 それに、年3000万円。それは真樹の年収である。その金額相当を一晩貸し出すとは。そんな、まさか!? 真樹は、漸く何故ここで自分がこんな目に遭っているか理解した。が、それを受け入れろというには些か無理があるとも思った。 「で、でも。おかしいです。だ、だって合意書は日本語版が正。それなのに英訳版だけ違う条項があるなんて。そ、そんなの無効な筈です!」 真樹は必死に抗議した。しかし、最初に見せていた毅然とした態度、突き刺すような視線からはほど遠い。上ずり始めた声、明らかに狼狽した表情。それは左右と背後を固める三人に怯えていることを見抜かせるには十分であった。 自分は水島史郎に嵌められた。ここの三人はグル。月曜の会議、今日のプレゼン、そして今。その事実に漸く気付いた真樹は、このスイートルームという密室で襲われるという恐怖に慄き、ガクガクと震え始めた。 「無効じゃねぇよ。3者が誠意をもって話し合った結果、英語版のリベートは正当と合意したんだ。年3000万円相当のリベートを一晩貸し出すってのが何を意味してるかもう気付いたんだろ? 勝負メイクしてピンヒール履いてキメてたって無駄なんだよ。そうやってキャリアウーマン気取ってるアンタを食べるために今日が用意されて、水島君が真っ赤なスーツとかまで準備してくれたんだから。 ねぇ、東京マシナリー社長イチ押しの美人秘書にして最年少役員候補の三ツ瀬真樹ちゃん。最高のリベート、一晩使ってたっぷり楽しませてもらうぜ。 アンタの最大の誤算は、ダメ男とばかりに見下してた水島史郎が、実は社内でスーパーキャリアウーマンとまで呼ばれるアンタが勝負モード全開になる瞬間を狙って貶めようとしてたことに気付けなかった、間抜けなアンタ自身ってコトだな。」 背後から、アップにして結んでいた真樹の髪を鷲掴みにして、太郎が今までにないくらいの荒い口調で言い放った。 いや、太郎が遂に本性を現したと言うべきかもしれない。 前頁/次頁 |