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<第9話:真樹の相談> 昨日、僕の中にもう一人の僕がいた。意識もしっかりして、五感も働いていたのに、何故か僕とは違う僕が全ての言動を掌り、そして三ツ瀬さんをイカせた。脱がすこともなく、スーツ姿の彼女を右手だけで。 あれが光の妖精が言っていた本能というヤツなのだろうか?でも、目の前であの三ツ瀬さんが為す術なく堕ちていく景色は最高だった。何度でも経験したいくらいの快感を覚えた。 2015年7月14日の朝、営業部にあるデスクで仕事を始めていた史郎は、前夜に真樹の家で起こったことを回想していた。その時、離れたところで真樹の声がした。 「おはよう。」 「おはようございます。」 他の営業部員と挨拶を交わしながら颯爽と史郎の方に向かって歩いて来る。何時もの凛としたキャリアウーマン三ツ瀬真樹に戻っていた。 「おはよう、水島君。」 「あ、お、おはようございます。」 真樹に声を掛けられ、史郎はドキドキしながら応じた。やはり、キャリアウーマン然とした真樹は苦手であり、同い年でありながら、あからさまに上下関係を感じてしまう史郎であった。 「昨日は有難う。ちょっと、昨日の会議のことで相談したいことがあるから、少しだけ時間くれない?会議室取ってあるから。」 「あ、は、はい。わ、わかりました。」 史郎は慌ててペンとメモを持って立ち上がった。真樹はそんな史郎を引き連れるようにして会議室に向かって歩いていく。 昨日ジャパントレーディングの会議室で起こったこと、真樹の部屋で起こったこと、あれは全て夢だったのではと思うくらい、目の前の真樹は何時ものクールビューティぶりを史郎に見せつけていた。 予約されていた会議室は、特に奥まった、表の廊下も人があまり通らない部屋であった。扉を開けて促す真樹に従い、史郎は部屋に入った。 そして真樹は扉を閉め、会議室の電気を点ける。更に、鍵の閉まる音がしたのを史郎は聞き逃さなかった。 「取り敢えず適当に座って。」 「あ、は、はい。」 史郎が戸惑いながら椅子に座ると、真樹は並ぶようにして隣の椅子に座った。ミーティングというよりは、小声で話をしようとしているかのような距離だ。 何時も通りの綺麗なロングストレートヘアーにクッキリとメイクが施された端正な顔。しかし、さっき営業部員の前で見せていた凛とした雰囲気は潜めているように感じる。 水色がかったライトグレーのジャケットは前のボタンを留めていないので、大きく広がったVゾーンから水色のインナーがよく見える。インナーはラウンドネックのカットソー。広く取られた襟元は彼女の綺麗なデコルテを見事に栄えさせている。 パンツスタイルが定番の真樹であるから、下もジャケットと同色のパンツがスラっと伸び、その足元にはネイビーのパンプスを履いている。靴の雰囲気からすると、スウェードレザーであろうか。 改まった場所でしか真樹の姿を見たことが無い史郎にとって、この時期に合わせた涼し気な配色のパンツスーツを着る彼女は新鮮に感じた。でありながら、目の前の彼女は何時もと違って何処となくオドオドしているように見える。 そんな真樹を見ながら、史郎は二日連続で現れた光の妖精が残したお告げを思い出していた。「今日は会社の会議室で楽しいことが起こる」という。 まさかと思った史郎であったが、現に真樹に呼び出されて二人きりで奥まった会議室にいるのだ。しかも真樹はご丁寧に鍵を閉めている。この事実を前にして、史郎の胸は高鳴っていた。 「三ツ瀬さん、今日は凄く涼し気な装いですね。何時もダークカラーのカッチリしたスーツ姿しか拝んだことが無いから、何か新鮮な感じがしますよ。」 史郎がさり気なく話し掛けた。と言っても、こんな話し方が出来るのは素の史郎ではなく、光の妖精が告げた「本能」の史郎であるが。 「う、うん。。。な、夏だからね。。。」 真樹がどもりながら答える。どういう訳か、本能の史郎が現れた時、彼女のキャリアウーマン然とした態度は鳴りを潜め、か弱い女の姿になっていく。 本能の史郎が彼の言動を支配しているとは言え、素の史郎の五感はそのまま、見たもの感じたもの全て記憶しているのだから、スーツ姿の真樹を自分自身が手玉に取るような展開は、彼にとって最高の気分であった。 「で、僕に何の用ですか?あまりミーティングをしようという感じじゃ無さそうですけど。」 「う、うん。。。」 言葉を継げない真樹。何かを言い出そうとしながら、なかなか切り出せない。そんな感じだ。バリバリとプレゼンをこなす何時もの彼女からは想像できない姿である。 「あ、あの、、、きょ、今日、これから社長と時遊人コーポレーションの佐藤さんを訪ねるんです。。。」 やっとの思いで話し出した真樹であったが、やはり言葉が続かない。そんな彼女の姿を見て、史郎の方が口を開いた。 「昨日のお詫びを兼ねてランチミーティングですか?佐藤さんとウチの社長、それから三ツ瀬さんで。」 「あ、は、はい。。。そ、そうなんです。」 史郎にズバリ言われて恐縮してしまった真樹は、余計に次の言葉が出なくなってしまった。 「想定外の話が突然入って戸惑ってるんですね。今日のスーツは水色だから、昨日みたいなことが少しでもあれば、ダークカラーのスーツと違って股の所が直ぐシミになっちゃいますもんね。」 「。。。」 軽い笑みを浮かべながら話し掛ける史郎に対し、言いたくても言えないことをストレートに言われて声も出せなくなった真樹は、悲しげな顔をしたまま頷いた。 「それで僕に何とかして欲しい訳だ。昨日みたいなことが起きないように。それで一番奥の会議室に呼び出して鍵を閉めたと。」 「うぅぅ、、、水島君、近い将来を予見して対処出来ると言ってたよね?そ、それをお願いしようかと。。。」 真樹のプライドは史郎ごときに頼りたくない。しかし、背に腹は代えられない。そんな心境が煮え切らない彼女の態度となって表れていた。 「本能」の史郎も「素」の史郎も共にほくそ笑んだ。昨日に続いて今日も。今回は涼し気なスーツを纏った真樹を楽しめる。しかもオフィスの中でだ。これほど楽しいことは無いと。 前頁/次頁 |