|
<第2話:意外な再会> 「み、三ツ瀬さん。お、お早うございます。」 デスクで会議の会議の支度をしている真樹に挨拶をしてきた男がいる。顔を上げると、そこには背が低く小太りの男性が立っていた。 如何にもうだつの上がらない感じの男。彼が、今回の大型案件を担当する営業部員、水島史郎である。 史郎は年齢だけなら真樹と同じ26歳であるが、二人の経歴には天と地ほどの差がある。 真樹は都内の名門私立高校を卒業して、これまた名門私立英名大学法学部を首席で卒業、異例の待遇で東京マシナリーに入社、2年間営業部に在籍した後、秘書課へ異動して今や社長の懐刀。 入社4年目の今では、国際取引担当役員の肩書で海外を飛び回り、バリバリ契約交渉をする凄腕のキャリアウーマンとなっている。 対する史郎は二浪して三流大学に入り、真樹から2年遅れて東京マシナリーに入社。しかも何かの間違いで入ったのではと回りに陰口をたたかれるほど仕事がデキない。 史郎の新人研修時、2年先輩となった真樹は講師として彼を見ているが、如何にもパッしないデキの悪い男という薄い印象しか残っていなかった。 それがどういう訳か、今回の大型案件の引き合いで先方が話を持ってきた相手が史郎である。真樹としては、会社の損失にしてしまいかねないと心配せざるを得ないほど、不釣り合いに感じる話であった。 「あら。水島君。お早う。こちらこそ宜しく。くれぐれもヘマはしないでね。」 「あ、は、はい。あ、大丈夫、だと思います。これから、先方を迎えに行ってきます。」 「いってらっしゃい。会議室で準備して待ってるから。」 相変わらずデキの悪そうな男だ。よくもまぁ、こんな大型案件の引き合いを受けられたものだ。 背中を向けて部屋を出ていく史郎に向けて、真樹は蔑みとも取れる冷たい視線を送っていた。 周囲に優しいと評判の真樹であるが、そんな彼女にも例外はあった。それは、仕事のデキない人間、特に管理職や総合職など給与水準の高い者に対しては冷たい対応をしていた。 彼らと同じテーブルで活躍する真樹にしてみると、そういう連中は給料泥棒に見えてしまうのだ。 史郎などはその典型。国内担当の史郎と滅多に接触する機会は無いものの、希に会話を交わす時などは、氷のように冷たい対応をとることが殆どであった。 10時半。会議室では史郎が連れてきたクライアント二名と社長、真樹の顔合わせが始まった。 事前情報によれば、相手は今回の注文主である時遊人コーポレーション専務の佐藤隆、そして貿易業務を請け負うというジャパントレーディングのマネージャー山田太郎である。 居並んだ四人は、早速名刺交換を始めた。 社長に続いて隆と名刺を交換し、次はと太郎に向き合った瞬間、真樹は目の前の男性が、朝彼女が脱ぎ落とした靴を拾った人物であることに気付いた。 「始めまして。ジャパントレーディングでマネージャーをしております山田太郎です。ん?あれ!?」 太郎が挨拶をしながら名刺を差し出して真樹の顔を見た瞬間、彼も真樹が今朝、汐留に向かう通路で会った女性であることに気付いた。 「あ、今朝はどうも有難うございました。私、秘書課の三ツ瀬と申します。」 「あれ?二人は顔見知りですか?」 二人のやり取りを見て、社長が割り込んできた。 「いえ、今朝出勤中に落とし物を拾ったというだけの話ですよ。」 太郎が当たり障りなくサラっと答えてくれたのを見て真樹はホっとした。 歩いてる途中に突然パンプスが脱げて、それを拾って履かせようとしたら、ストッキングが破れて素足が露出してたなんて、あまり人には聞かれたくない話だ。それも社内の人には。 あの時の言葉通り、彼は「見なかったこと」にしてくれたのだ。 「あ、そうなんですね。彼女は水島君と同じ26歳で秘書課所属ということになってますけど、海外では国際担当役員として重要案件の契約交渉で活躍してくれていましてね。 何を隠そう単に交渉力があるというだけではなく、英語・ドイツ語・中国語ならばビジネスレベル、他にスペイン語だのロシア語だのも通訳いらずという当社の切り札なんです。まぁ、近いうちに名実ともに役員に就任しますよ。」 社長が真樹のことを持ち上げている。隆と太郎も関心したように社長と真樹の顔を代わる代わる見る。 「聞くところによると、近々機械の納入先であるドイツと中国のトップが何人も弊社の工場を訪問されるという話じゃないですか。 それでなくとも大きな契約です。水島君は未だ経験が浅いし語学力も弱いから、私の一存で三ツ瀬をペアで組ませて万全の体制を取ることにしたんです。ですから安心してお任せください。」 「あぁ、そうなんですね。お若いのに凄い。私は英語は何とかなっても他の語学はダメなんで。大変心強いです。色々とお願いしますよ。」 隆が嬉しそうに真樹の顔を見て話し掛ける。 「はい。ご期待に応えられるよう頑張ります。」 真樹も胸を張って応じる。社長の押しもあり、すんなりと相手に真樹の顔を売ることが出来た。これなら十分に活躍することが出来る。そう思った真樹であった。 会合が無事終わり、二人を見送りにエントランスまで進んでいった時、太郎が真樹の近くに寄って小声で囁いた。 「そう言えば、社員証を落とされてましたよ。後ほど裏に書かれていた連絡先に電話しようと思っていたのですが。まさかここでお会いするとは思わなかったので。持って来れば良かった。」 「あ、やっぱり。あの時に落としたんですね。出てきて良かったです。確かこのビルの20階でしたよね。持って来ていただくのは申し訳ないので、後程こちらから伺います。」 「分かりました。これから少々外出しますので、2時頃で如何ですか?」 「2時頃ですね。それでは伺いますので、よろしくお願いします。」 真樹は、無くしたと思った社員証を太郎が拾ってくれていたと知り、ホッっとした。 本来であれば、あの時どうして靴が突然脱げ、そしてストッキングまで破れたのか。また、社員証は何故バッグから落ちたのか。不思議に思うべきところであったが、流石の真樹もとっさにそこまでは気が回らなかった。 前頁/次頁 |