<第20話:偽りの優しさ>


放心状態で水溜りのできた大理石張りの床にへたり込む美香の姿が鏡に映っている。

「ひ、酷い。。。な、なんで、、、こ、こんな。。。」

その場で泣くばかりで言葉も続かなければ動くことも出来ない。少し前まで気品ある所作で二人を案内していた女とは思えないほどの変わりようである。服装はあの時と何ら変わっていないのに。
傍で一部始終を見ていた祐佳が美香の前まで歩み寄り、その場にしゃがむと、両腕で美香の頭を覆うように自らの胸に抱き寄せた。

「大丈夫。大丈夫よ。私が何とかしてあげるから。」

抱きながら祐佳が優しく語り掛けると、美香はその胸に顔を埋めるようにし、声を上げて泣き出した。まるで小さな娘が母親に対してするように。
祐佳も全身でそんな美香を抱きしめ、両手で頭を撫でている。そんな祐佳の優しさに安心したのか、美香も抱かれたまま動かず、ヒクヒクと泣き続けている。

が、太郎に対して「自分も仲間に入れろ」と言い放った祐佳である。目の前で繰り広げられる母のように優しい祐佳なぞは偽り以外の何者でもない。
美香が優しい母に抱かれて無防備に泣いている最中、頭を撫でる祐佳の指先は、どさくさに紛れて左右の襟足を整えている二本のヘアピンを抜き取って床に落としていた。
しかし、今の美香には自らの髪が乱されようとしていることに気付く精神的余裕など一切無い。美香の襟足は、頭を撫でる素振りを続ける祐佳の指先によって掻き乱されていった。
祐佳の指先は未だ止まらない。襟足を乱すだけでは飽き足らず、シニヨンの根元に滑り込んでいく。頭を撫でられているとしか思っていない美香は、無警戒のまま祐佳の胸に顔を埋めて泣き続けている。
髪の毛を包むネットは、ダウンライトに照らされて網目までくっきりと見せている。そして、その中に祐佳の細い指がスルスルと入り込んでいく。やがて黒いネットは祐佳の指先によって摘まみ取られ、髪の団子から静かに剥がれていった。
黒い布の塊となったネットが真っ白い大理石の床に音もなく落ち、ネットを失った団子は髪の毛を直に見せるに至った。こうなってしまえば高級ホテルのフロントが作ったシニヨンなぞは風前の灯である。
何も気付かずに泣き続ける美香を優しく諭しながら、祐佳の指先が団子を解していき、あっという間に力なく後頭部から垂れ下がる纏まりの悪いポニーテールに作り替えてしまった。

「ほら。パノラミックホテルのフロントともあろう人間が、何時までも客の前で膝を折ってメソメソ泣くものじゃないわよ。大丈夫。他のスタッフが気付かないうち、元に戻せば良いんだから。」

美香の肩を掴んで抱き起した祐佳が彼女を励ますべく声を掛ける。美香も応じるように顔を上げるが、涙でグシャグシャになった顔をヒクヒクさせ、何とも無様な表情を太郎と祐佳に晒していた。

「さあ、立ちなさい。そろそろ光の妖精の力で変にされた貴方の身体を元に戻さなきゃ。そんななりでベルが帰ってきたら、先輩としての貴方の立場もないでしょうに。」

祐佳に励まされ、ヒクヒク言いながらも美香は立ち上がった。とは言え、精神的な落ち込みが激しいのか、髪型を崩されたことには未だに気づいた様子が無い。
傍で祐佳と美香のやり取りを眺めている太郎は、あれほど立ち居振る舞いの素晴らしかった高級ホテルのフロントも、一度プライドが崩壊した後は、制服を着たままこうも崩れ落ちるものかと思いながら見ていた。

「貴方。色々あり過ぎて顔が火照ってるわね。先ずは少し醒ました方が良いわ。」

祐佳は、立ち上がった美香に優しく語り掛けながら、彼女が着る黒いジャケットのボタンを、1つ、2つと外していった。

「えっ!?あ、ちょ、ちょっと待って下さい。仕事中にお客様の前でジャケットを脱ぐのは、、、も、もうすぐベルが戻ってきますし。。。」

ジャケットのボタンを外しおわった祐佳が、両手で襟を掴んで美香からジャケットを脱がせようとした時、美香が脱ぐことをためらった。

「あら、そんなこと気にして。こんなジャケット1枚どうの言う前に、その泣き崩れた顔のメイクや床の洪水を何とかするのが先でしょうに。ストッキングだってシミだらけだし。」

「そ、それは、、、そ、そうなんですけど。。。」

頭がパニック状態の美香は、しどろもどろの反応しか出来ない。
確かに祐佳の言う通り、ベルが帰って来る前に何とかしないといけないのは、泣いてグシャグシャに崩れた顔のメイクと、自らの汁で汚した床、それにシミだらけのストッキングである。
今ジャケットを脱いだからといって、問題となるものを急いで片付けた後に、改めて身支度を整え直せば良い。

「心配いらない。ベルは当分帰って来ないわよ。だからジャケットを脱いで少し火照りを醒ましなさい。どちらにしろ下も濡れていて着替えなきゃいけないんだから。」

美香は強くは抗わなかった。祐佳の言に従って、黙ってジャケットを脱がされていく。
何と、気品ある立ち居振る舞いでスイートまで案内した高級ホテルのフロントが、祐佳が見せる偽りの優しさにまんまと騙されて、今度はジャケットを脱いで白いカットソー1枚の姿になってしまった。

この様子を見ていた太郎は、金沢美香という日本橋最高級パノラミックホテルのクラブランジでフロントを務める女の人間としての器が、祐佳より遥かに劣ることを実感した。
この調子でいけば、美香に残されているスカートやカットソーすらも脱がされ、彼女から制服という鎧の全てが、山田祐佳という一人の宿泊客によって丸裸にされることは疑うべくもないと悟った太郎であった。



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画像は相互リンク先「PORNOGRAPH」PORTER RIMU様からお借りしています



















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