<第5話:密室への扉>


美香が太郎を部屋へ案内しようと足を踏み出した矢先、小さな悲鳴と共に前につんのめって立ち止まった。右に履くパンプスの踵を踏まれて突っかかり、靴が脱げ落ちたのだ。
ストッキングに包まれた右の足先を直接カーペットにつけて立つも、左には7cmヒールのパンプスが残っている。この左右7cmの差が彼女の右足を爪先立ちにさせてしまった。
そんな状態で振り返ると、カーペットの上で横倒しになって転がっているパンプスを太郎の足が踏みつけている。

「金沢さんの足元隙だらけだったから踵を踏んづけちゃった。時間止めてないのに、一流ホテルのお姉さんが履くパンプス簡単に脱げちゃったよ。ホントにガード甘いな、美香ちゃんは。
 でも、その姿も魅力的だよ。ストッキングから足の指透かされてさ。爪に塗られた赤いマニキュアも綺麗じゃん。隠れたところもしっかりオシャレするあたり、流石はパノラミックホテルのフロント。何時でも客の相手出来る身体だね。」

バカにしたような言い方で茶化す太郎であったが、その右足は横倒しになっている美香のパンプスを上から踏みつけ、原形を留められないほどにグリグリと押し潰している。

「そ、そんな。か、返してください。」

美香がカーペットの上で押し潰されて形を歪める自分のパンプスを見ながら、右手を差し出して太郎に訴える。そして、片方のパンプスを失った足で、フラフラと太郎に歩み寄ろうとする。

「やだ。パノラミックホテルのクラブラウンジでフロントするほどのお姉さんが、パンプス片方脱げたくらいで何そんな狼狽してるんだよ。情けない。」

言いながら、足元に転がっている美香の黒光りするパンプスを拾い上げた太郎は、黒革の美しい靴を両手で握りしめながら言葉を継いだ。

「こんなパンプス片方無しでも、さっきみたいにカッコよく歩いて部屋まで案内してみろよ。ねぇ、一流ホテルのフロントさん。
 それにしてもよ~く磨かれた綺麗なパンプスだこと。でも、俺がその気になれば、こんなパンプス簡単に壊せちゃうぜ。
 楽しそうだな。一流ホテルの美人スタッフが足元彩るために履く、綺麗に磨かれたパンプスを、本人が見てる前で使い物にならないくらいボロボロにしちゃうの。
 そしたらどうする?ストッキングの替えは用意してあるお姉さんでも、流石にパンプスが壊れたからって直ぐに予備が出てくる訳でもないでしょ。コイツ壊したら美香ちゃんがどんな顔するか、見ものだな。」

「えっ!?ちょ、ちょっと待って。お、お願い。壊さないで。こ、困ります。ほ、本当に予備は無いんです。」

美香が慌てて止めようとする。目の前で太郎が、パンプスの爪先と踵を両手で握りしめ、二つ折りにしたり、雑巾を絞るように捩じったりしているのだ。
このままいけば本当に壊されかねない。壊されれば買いにでも行かないと履くものが無くなってしまう。それに、買うにしてもストッキングと違って安くはない。

「やっぱね。ってコトは、パノラミックホテルでフロントをする金沢さんと雖も、このパンプス壊されたら仕事出来なくなっちゃうんだ。面白い。まるで人質だね。壊されるのが嫌だったら、そのままの恰好で部屋まで案内しな。」

何も言い返せなくなった。美香は目に涙を湛えたまま、黙って太郎に背を向け歩き出し、エレベーターのボタンを押した。が、どういう訳かランプが点かない。

「頭悪いなぁ。それでよくパノラミックホテルのクラブラウンジでフロントやってるね。時間止まってるんだもん、エレベーターが来るわけないじゃん。」

「えっ!?」

キョトンとした顔で振り返った美香の目の前で、太郎がニヤニヤしながら非常階段への道を顎で指示している。美香は黙って頷くと向きを変え、非常階段へ歩いていく。
綺麗に纏められたシニヨン。黒のジャケットにタイトスカート。スカートの裾からはヌードベージュのストッキングに包まれた綺麗な脚。制服姿は最初と何ら変わっていない。ただ1点、靴が片方無いのを除けば。
しかし、その1点が大きい。左に履くパンプスのヒールは7cm。右はストッキングに包まれた爪先だけで立つ。この差を埋められず、ヒョコヒョコと不格好な歩き方をする。最初の気品ある歩き姿はもう見られない。

非常階段に入り、一段ずつ45階のスイートルームに向かって上がる。と言っても、やはり左右のバランスが悪いから、手摺に掴まりながらゆっくりと一歩ずつ。

「面白いなぁ。パンプス片方脱げただけで、まともに歩けなくなっちゃうんだもん。一流ホテルの綺麗なお姉さんも大したことないね。でも、良い景色だ。ストッキングに包まれた美脚でヨタヨタ歩く姿をゆっくり鑑賞出来るんだもん。」

少し後ろから階段を上ってくる太郎が、必死に歩く美香の脚を下から覗き込むようにじっくりと眺めながら話し掛けてくる。相変わらず手に持った美香のパンプスを両手で捻じ曲げ、歪ませながら。
美香には返事をする余裕が一切ない。身体を支えて階段を上るのがやっとなのだから。ただ、脚を鑑賞される嫌悪感よりも、あのパンプスを本当に壊されてしまったらどうすれば良いかという心配の方が強かった。

「へ、部屋に着きました。で、でも、、、わ、私、か、鍵が、、、」

そうである。さっきは太郎から逃げるために部屋を飛び出したのだから、鍵を持っていない。これでは中へ案内しようがない。

「そうだよね。パノラミックホテルのフロントともあろう金沢さんが、客の案内ほっぽり出して部屋を飛び出していったもんね。そんなん一流ホテルの女失格だな。まぁ、今回は大目に見てあげるとして、コイツで一緒に開けるか。」

室内で襲っておきながら白々しいと思いながらも、言い返すことが出来ない美香は、太郎から手渡された鍵を使って扉を開けようとする。
そんな美香に太郎が身体を密着させ、ドアノブに掛ける美香の右手を握ってきた。
一瞬ハっとした美香であったが、流石に今度は声を上げるようなことはせず、嫌悪感を抱きながらも右手を握られたまま黙って扉を開け、一歩ずつ中へと入っていった。ロイヤルスイートという密室へ。



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画像は相互リンク先「PORNOGRAPH」PORTER RIMU様からお借りしています



















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