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<第4話:太郎の力> 助けを求めるべく非常階段を駆け下りる美香は、3フロア下にあるクラブランジへ飛び込んだ。美香の担当ポジション、そして何人もの同僚や宿泊客が集う場所である。 美香が駆け込んだ時、期待した通り、同僚や宿泊客が何人もいた。どうにか逃げ込めてホッと胸を撫で下ろした美香であったが、その顔が恐怖に引き攣るまでに何秒と掛からなかった。 どこを見回しても誰一人として動いていないのである。同僚も宿泊客も。スイートルームにいた祐佳やベルと同じように。 「おや。一流ホテルのお姉さんがストッキングとハイヒールで魅せてる美脚、ガックガック震えてる。金沢さんほどの人でもやっぱりこういうシチュエーションではフツーの女と同じように怯えてくれるんだね。可愛いもんだねぇ。」 背後から太郎の声がした。落ち着いた男の低い声。ハァハァと息を切らしながら3フロアを駆け逃げてきた美香とは対照的に、ゆっくりと歩いてここまで来たに違いない。美香がここで呆然と立ち尽くし、恐怖に震えることを見越して。 「こ、これは。。。ど、どういうことですか?」 振り返る勇気すら無い美香は、その場に立ち尽くしてクラブラウンジを見つめたまま、背後に立つ太郎に尋ねた。 「どういうことだと思う?パノラミックホテルのクラブラウンジでフロントを務めるほどのお姉さんなんだから、自分のオツムで考えて答え出してみなよ。制服だのメイクだので見かけだけ取り繕ってないでさ。」 言うなり背後から抱きついてきた太郎は、またしても左手でインナー越しに胸を揉み、右手でストッキング越しに脚を撫でる。バスルームでやったのと同じように。 「うぅぅ、、、こ、こんなこと、、、じ、時間が止まってるような、、、で、でも、、、そ、そんなの、、、」 「おぉ。流石はパノラミックホテルのお姉さん。正解。そうだよ。時間が止まってるんだよ。動いてるのは金沢さんと俺だけ。面白い世界でしょ。」 「えっ!?そ、そんな。。。え、映画じゃあるまいし。。。」 現実に目の前で人が固まっているのを目の当たりにしても俄かには信じられない。そんな事が起こるということ自体、彼女の理解の範疇を完全に超越している。 「残念ながら映画じゃないんだな。時間を止めて人に悪戯する。超能力ってヤツ。例えば、誰に気付かれることもなく、金沢さんが着てる制服を剥いじゃうなんてコトも可能。 そうしたらどうなる?パノラミックホテルのフロントさんが仕事中に突然素っ裸になっちゃうの。クラブラウンジの中、皆が見てる前で金沢さんの強制裸体ショーが即席で開催出来ちゃうって訳だ。」 「えっ!?そ、そんな。だ、ダメです。お願いですから、そんなこと。。。」 美香が震える声で訴える。確かに時間を止めてこういうことが出来るなら、仕事中の美香から制服を剥いで、人前で裸にするのも簡単であろう。そんな男に狙われたら防ぐ手立てなど無い。 「良いねえ。一流ホテルのお姉さんが涙声で哀願する姿。やっぱ金沢さんもフツーの女。助けを請うしかないよね。何せ学校でもホテルでも俺みたいな超能力者に襲われたらどうするかなんて教えないもんね。 ってコトは、こんな制服、それにパンスト脚もパンプスも、あと仕事用にキメた髪型とかメイクとか、俺の前じゃぜ~んぶ何の役にも立たない訳だ。 人前で強制裸体ショーされたくなければ、今この世界で俺を満足させてよ。そしたら、俺と金沢さん、二人の関係だけで終わらせてあげる。さぁ、どうする?一流ホテルのお・ね・え・さ・ん。」 「う、うぅぅぅ。。。」 直ぐには返事が出来ない。この男を満足させる。それが何を意味するかぐらいのことは美香にも分かる。それが承諾を躊躇させる。とは言え、強制裸体ショーと引き換えとなると、他に選択肢が無い。 「どうしたの?やっぱり知らぬ間に人前で素っ裸にされる方が良い?選択するのは貴方自身だよ。パノラミックホテルのクラブラウンジでフロントをする素敵な、か・な・ざ・わ・さん。」 「わ、分かりました。こ、この世界で、お、お願いします。ひ、人前は、嫌です。」 やっとの思いで答えた。選択するのは美香自身だなんて詭弁だ。人前での強制裸体ショーか、一人の男を相手に自分の身体を提供。そもそも強制裸体ショーだって、それだけで終わってくれるという保証はない。最初から選択の余地など無いのだ。 「OK。じゃぁ、お近付きの印として、下の名前と齢を教えてもらおうかな。」 「か、金沢美香。に、26歳です。」 「美香ちゃんね。よろしく。それじゃぁ、さっきの部屋まで俺をもう一度案内してもらおうかな。あの部屋素敵だからさ。あの部屋でパノラミックホテルが誇るフロントの金沢美香ちゃんと楽しい時間を過ごしたいな。」 太郎が漸く美香を放した。と言っても、ロイヤルスイートへ案内させるためなのではあるが。 「は、はい。分かりました。そ、それでは、ご、ご案内、さ、させて、い、いただきます。」 どもりながら話し、そして涙目のまま太郎に向かって一礼した美香は、先導すべく太郎の前に立って歩き始めた。 とは言え、歩く姿からは最初に魅せていた一流ホテルのスタッフとして放つオーラは無くなっており、パノラミックホテルの制服を着てはいるものの、自信を失って震える哀れな女の姿に成り下がっていた。 「きゃっ!?」 美香が足を踏み出して直ぐ、小さな悲鳴と共に美香は前につんのめるようになって、立ち止まった。 前頁/次頁 |