※※ 女子大生・伊東莉奈 (8) ※※

 …えっ……い、今の…夢?
 …でも、わたし……宏明さんに乗り移って…
 …そして、わたしのこと…犯そうとしてた……?

「夢と言えば夢、幻影(まぼろし)と言えば幻影じゃがの・・・」

 突然、陰陽師の声が響いた。

「あっ…こ、ここは……? イ、イネさま?」
「そうよ、先ほどよりそちの話を聞いたのじゃが、何を言うてるか合点がいかぬによって、ちと心を覗かせてもらったのじゃよ」

 莉奈は、陰陽師の前におずおずと立ち上がった。
 周りを見渡すと、そこは陰陽師の祠の前。莉奈が陰陽師に呼びかけ、必死に話しかけていたまさにその場所であった。

「そ…それで、わたしは……」

「まぁよいわ。そちはの、そのヒロアキという男子(おのこ)を好もしゅう思うておる。これは間違いのないところじゃ。よいな?」
「は…はい」
「この陰陽師の見るところ、その男子もそちを好いておるようじゃの」

「女子(おなご)として、好もしゅう思うておる男子を、身体の奥深く迎え入れたい・・・これは自然の感情(おもい)というものじゃ」
「あ…の…それは…仰る通り…」

「男子もじゃ、好きおうた女子と固く繋がりたい、奥深く分け入りたい・・・これも当然なことじゃの・・・」
「え…えぇ……で…も…」

「じゃがのぉ、そちは未知のものに対して、強い恐怖(おそれ)を持っておるな。その恐怖が、ことの成就の妨げとなっておるのじゃ」
「は…い…」

「よい、余がこれを癒して進ぜようじゃによって、余が言うことを、すべて聞けるか。どうじゃの?」
「は…はい。仰る通りにいたします。お助けいただけるのですから」

「よい、それではここで、衣服をすべて取るのじゃ。どうじゃ?」
「…………」

 莉奈は、真っ赤になって俯いている。
 その様子を見ている陰陽師。

「ふむ・・・じゃの。しからば、これではどうじゃ」

 そう言って、片手をぐいっと動かした。
 突然、周囲の様子が一変する。雑木の林も陰陽師もその姿を消し、莉奈の寝室が忽然と現れていた。
 莉奈は今、自分の部屋の中央に立っていた。

 陰陽師の声だけが響く。

「これでどうじゃの。余が結界を張ったによって、そちの姿は誰にも見られることはない。じゃによって安心して衣服を取るがよいぞ」

 …誰にも見られないで済む……でも陰陽師様には見られている?
 
 それでも莉奈は、ブラウスに手をかけ、ボタンを外し始めた。
 ブラウス、スカート……そしてブラ。
 片手をしっかり胸に当てたまま、暫くの躊躇(ためらい)の後、思い切ったようにショーツを脱ぐ。
 片手を胸に、もう片手で股間を抑えたまま、立ち尽くす莉奈。

「それでよい。今、そちが想う男子は、その扉の前で待っているじゃによって、その名を呼ぶがよいぞ」

 再び陰陽師の声が響く。その声の命ずるまま、莉奈が夏樹を呼ぼうとした…そのとき、「ちと待つが良いぞ」と、陰陽師の声がかかる。

「じゃがの・・・もしここで、その名を呼べば、その後に起こるであろうことは分かっておろうな」
「もし、その男子の名を呼ぶと言うことは、じゃ・・・その後のことを全て受け入れる覚悟がある、と言うことじゃ」
「よいかの、その覚悟があるなら呼ぶべし・・・覚悟がつかぬなら、やめるのじゃな・・・」

「逆にじゃ、もしここで、その名を呼ばぬとすればじゃがの、そちはその男子も、その後の未来(さきゆき)も、全て失のうてしまうのじゃよ」
「じゃによって、全て失う覚悟があるなら、呼ばぬべし・・・覚悟がつかぬなら、呼ぶのじゃな・・・」

「よいかの・・・さて、どうするのじゃ」
「あ…の……わ、わたし、どうすれば…よ…い…ので…しょうか…」

「どちらなと、そちのよいように決めればよいのじゃ」
「よいかの・・・何かを選ぶ、選ばぬ、ということは、どちらにしても得るものと失のうものがあるのじゃ」

「その最後の一歩は、そち自身が歩むしかないのじゃよ」
「・・・それが大人になる、と言うことじゃによってな」

「…は……い」
 暫く俯いて考え込んだ莉奈が、やっとのことで答えた。そして・・・

「ひ…宏明…さん、き…て………」



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