※※ 女子大生・伊東莉奈 (5) ※※

「え~い、先輩、ウザイ!」

 突然、後輩が携帯を取り上げる。そしてカタカタと文字を打ち込む。

「こんなところで、どうっすか」

 返ってきた携帯に、次のように打ち込まれていた。

┌─────
 伊東莉奈様、はじめまして。
 私は夏樹宏明と申します。東都工業大学の大学院2年生です。
 お手紙、ほんとうにありがとうございました。
 あの時のことは覚えておりましたが、小さな事件でしたので、もう忘れ
 られていると思っておりました。

 私は女性とお付き合いした経験はあまりなく、面白味に乏しい人間と
 自覚しております。
 こんな私ですが、ぜひお付き合いをさせていただきたいと思います。

 さしあたり、ご迷惑でないお時間に電話を差し上げたいので、ご都合を
 教えていただけないでしょうか。
 私の電話番号は<<携帯番号>>です。

 よろしくお願いいたします。

       夏樹 宏明
└─────

「へー、お前、結構うまいこと書けるんだなぁ・・・」
「いや、先輩がオクテなだけでしょ。レポートならすらすら書けるくせに」
「で、これ、いつ送るんだい?」
「マジ? 今でしょ!」

 後輩は再び携帯を取り上げると、あっというまに送信ボタンを押してしまった。

「あ・・・おいおい、相手だって都合があるかも知れないのに・・・」
「メールにそんなものはありませんって」

 不意に着信音が響く。それもメールではない。
 画面を見ると、登録したばかりの「伊東莉奈」が表示されていた。

「あ・・・はい? 夏樹です・・・」
「伊東…莉奈です…メールありがとうございました。嬉しくて、電車降りて、電話してしまいました」

 電車に乗っていたわけではなく、サークルの部室まで逃げ帰ったところを同級生たちに囲まれて、「ねぇねぇ、カレシどんな顔してた?」「付き合ってくれそうだった?」などと、問詰められているところだった。
 そこに夏樹からのメール・・・「ほら、はやく電話しなよ」「かけないっつーのなら、マッパに剥いてグランドに放り出すよ」と、すっかりみんなのお気に入りになっていた先ほどのクリスの台詞で、囃されていたことを夏樹が知る由もなかった。

「こ、こちらこそっ・・・てっ・・・てっ」いかん、噛んだ。
「手紙、ありがとうございましたっ!」
 後輩がピクっと聞き耳を立てたのを横目でにらみ、夏樹は急いで廊下に飛び出した。


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「それで、それからどうしたと言うのじゃな?」
 陰陽師が莉奈に訊ねる。

「は、はい…それから宏明さん、いえ、夏樹さんとお付き合いが始まりまして…」
「最初は、学校の帰りに電車の中でお話するだけ…だったのです…」

「途中まで同じ電車ですから…それで夏樹さんの乗り換える駅で降りて、ファミレスでお話できるようになりまして…」

「一度、映画も連れて行っていただきました。ピクニックにも一度…」

「ふむ・・・で、一体、何が問題だと言うのじゃ? 余にはとんと合点がいかぬのじゃがの?」

「は…はい。それでわたし、これからどうしたら良いか分らなくて…」

「ぬ・・・ぁんじゃとおおぉぉ!!」

 突然、憤怒の相になり、大声を発した陰陽師。
 莉奈は「ひっ!」と小さく悲鳴をあげ、小さく縮こまる。

「仮にもそちは大学生であろうがっ! 大学生と言えば大人じゃ。その程度の選びを、自分で出来ぬとは何事じゃぁっ!!」

 そのあまりな剣幕と、突然ざわざわと木々の葉を鳴らして吹き始めた禍々しい風、そして明滅する蝋燭の炎、それら全体が醸すおどろおどろしい雰囲気に莉奈は耐えきれず、くたっと身体を折って気を失ってしまった。



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