※※ 女子大生・伊東莉奈 (4) ※※

「あの、すみません」

 通り抜けようとしたとき、声がかかった。

「えっ・・・俺、いや、僕ですか?」

 ビクっとしながら、つい上ずった声をあげる。

「あ…あの…私のこと、覚えていらっしゃいますか」

 ・・・覚えていらっしゃらないんですけど。つか、この間、グラビアでみたアイドルさんに似ているな・・・ちょっとエロいぽーずの・・・なんて思ってました。
 そんなコトは、もちろん口に出せるはずもなく、といって、代わりにいう言葉も見つからない。 
 沈黙を否定と受け取ったのか、女の子はちょっと悲しそうな顔になり…それでも必死の様子で話しだした。

「でも、私は覚えているんです。それでご迷惑でしょうけど、これを受け取ってください」

 持っていたバッグからピンクの封筒を取り出すと両手で捧げ持つようにして差し出した。

「あ・・・はい」夏樹が受け取ると、それで勇気が尽きたのか、女の子は駅に向かって駆け出して行った。
 スカートから伸びる健やかな足の白さが、目に眩しい。
 女の子が駅舎に消えるまで見送っていた夏樹は、改めて自分の手にある封筒に気が付いた。

 ・・・俺、もしかしてラブレターなんか貰った?

 突然、気が動転し、危うく封筒を落としそうになる。妙にジタバタした感じで封筒をつかむと、研究室に引き返した。

 研究室の自分の席で、封筒を開く。封筒と同じ柄の、きれいに折りたたまれた便箋が出てきた。

┌─────
  はじめまして。
  突然、このような手紙を差し上げる失礼をお許しください。
  私は伊東莉奈と申します。清美女子大の1年生です。

  5月の学園祭の時、あなた様はお友達数人と私のクラブの模擬店に
  おいでになられました。
  お水を出しに行ったときに聞こえてしまった会話から、あなた様が
  東都工業大学の学生さんであることを知りました。
  そのとき、お水をこぼしてしまった私を心配させないようにして
  くださった、お優しい心遣いが忘れられません。

  こんな私ですが、もしよろしければお付き合いをいただけないかと、
  お手紙する次第です。
  私の連絡先は、<<携帯番号>>と<<メールアドレス>>です。
  よろしくお願い申し上げます。

                 伊東 莉奈
└─────

 もう一度封筒を見ると、宛名書きは「東都工業大学の誰か様へ」、差出人は「伊東莉奈」となっている。
 初めての経験に、夏樹は頭を抱えてしまった。

「ほほう、少女マンガな展開ですな、先輩」

 突然、声をかけられて、夏樹は文字通り飛び上がった。
 同じ研究室に所属する学部4年の後輩だ。

「い・・・いつからいたんだよ・・・」
「はぁ? 今日はレポートで遅くなりそうだから飯食ってきたんですけど。部屋に入っても先輩、何にも気が付かない様子で、つか、脇ががら空きでしたぜ」

「ははぁ・・・さっき正門にいた女の子ですね。なぁる、清美のお嬢様ですか。で、付き合うんですか、断るんですか、先輩?」
「いやぁ、折角きてくれたのに、断るのも気の毒だし・・・」
「そりゃそうですよ。じゃ、さっそく返事しなきゃ」
「えっ、今すぐかよ」
「だって、こんな男子率90%以上の学校に、正門まで先輩を狩りにきたんですぜ。今日会えなかったら、通うつもりだったんですかね? そんな彼女、待たせちゃ可哀想でしょ?」

「うーむ・・・で、電話か・・・メールか・・・」
「そりゃメールでしょ。だって先輩、電話だともしもし、の後ダンマリになりそうだもの」

 ・・・余計なことを。
 そう思いつつも、取り敢えず携帯に莉奈の番号とアドレスを登録する。
 そしてメール作成画面を呼び出し「はじめまして」と打ち込む。しかし文才のない悲しさ、そのあとをどう続けるのか分からない。



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