※※ 女子大生・伊東莉奈 (2) ※※

 5月の上旬、学園祭の清美女子大。
 校舎内を歩く4人の男子学生。その一人が夏樹宏明、東都工業大学の大学院生(博士前期課程・2年)である。
 年に1度だけ、菖蒲祭の時だけ解放される女子大で、お嬢様たちを間近に拝見したいという後輩たちに連れられて──と言うより無理に引っ張り出されて来たのである。

「先輩、今日は清美の学園祭なんですけど、一緒に行きません?」
「いつも実験装置や論文集とニラメッコじゃ煮詰まるでしょ。たまには息抜き、ですよ」
「清美ってお嬢様大学だし、美人が多いってウワサですし。いつも駅で遠目に見てるだけじゃ事実かどうか分からないでしょ」

 東都工業大学は、清美女子大とは駅を挟んで線路の反対側にある。
 ただ最寄りの改札口がホームの端と端、そのため同じ車両に乗り合わせることはあまりない。実際のところ、通学時間帯の電車では、女子大に近い方の車両は女子学生でいっぱいになり、事実上の女性専用車であって、普段あまり女性に接することのない工業大の男子学生がが乗車できる雰囲気ではない。

「先輩だってオトコ。ムッツリじゃしゃーねーっしょ?」とまで言われれば、「まぁ、嫌いってワケじゃないけど・・・」という次第でここに至ったのである。が・・・

 女子大では屋台が組めないためか校舎内の展示がメインの学園祭である。それもケーキやクレープ、和風の甘味処といった模擬店ばかりで、まるでお菓子の展示会か博覧会。

 学園祭の食べ物と言えば焼き鳥にフランクフルト、唐揚げと油ものが上位を占める文化圏から来た4人には、いささかカルチャーショックが大きすぎた。校舎内に漂う甘い香りに呆然となって、あわよくばお嬢様をナンパでも、という不埒な目論見は完全に崩壊、自分たちが難破船状態に陥っていた。

 とにかく座れるところを・・・と散々探し回って、やっとのことでメニューにピラフもでている軽食喫茶を見つけたのである。
 メニューに書かれているピラフ以外の名前──エンゼルヘアーやラザーニャは実物の想像すらつかず、サンドイッチはお腹に足りそうもないのでパス。「ピラフでい~んじゃね?」と店に入り込む。

 ちょうど空いていた4人掛けのテーブルに腰を下ろして、出された水を一息で飲みほし「すいませ~ん、お水のお代わりくださーい」


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「あ、部長、お帰りなさい」

 喫茶店のカウンターの後ろ、カーテンを引いたバックヤードに入ってきたサークルの部長に、クリスが声をかける。

「いや、それよりも…お嬢、いったいどうしちゃったの? まるで壊れたロボットみたいに、ギックン・シャックンしてるじゃない。やっぱり男、ムリだったのですか?」
「さっきまでは男子がきても、まぁ普通だったんですけどね。あそこの4人が入ってきた途端、あんなんになっちゃって…部長、どうします?」
「あの内の誰かが、お嬢のストライクなのかねぇ。でも、あのままじゃ事故るよ、きっと。休憩取らせることにして、奥に下げとけば? あっ、やった! 誰かフォローに行ってあげて…いや、ちょっと待って…」


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「お水のお代わりくださーい」の声に、水差しを持ってパタパタと走ってきた女の子が、順にコップに水を注ぐ。
 最後に夏樹のコップに水を注ごうとしたとき、手を滑らしてしまった。
 コップこそ辛うじて落とさなかったものの、夏樹の膝にバシャッと水をかけてしまった。

「あっ、す、す、すみません。ゴメンナサイ、ごめんなさい」

 あわててフリルの効いたエプロンからハンドタオルを取出し、夏樹の脇に跪いて濡れたズボンを拭きはじめた女の子。
 その様子を、むしろ羨ましそうに他の男子が見ている。

「いや、心配しなくて大丈夫ですよ。ウチに小っちゃい弟と妹がいるから、ジュースだの味噌汁だのこぼされるのはしょっちゅうだし。水だからシミにもならないから、気にしないでください」

 夏樹の言葉に少しほっとした表情になって、女の子は一通りズボンを拭き終わると、もう一度謝りながらカウンターの奥へ戻って行った。

「先輩、チャンスですよ。チャンス!」
「クリーニング代はいいから、代わりにメルアド教えて・・・とか」
「構わないけど、ちょっとお話しませんか、とか。絶対に断れないと思うけどなぁ」

 ここぞとばかり、一斉に夏樹に詰め寄る。

「いや、そりゃダメだよ。向こうに弱みがあるときに、そんな迫り方するのはフェアじゃないさ」
「くぅ! 先輩、そりゃないっしょ」
「どうしてこんな唐変木に絶好のチャンスが回ってきて、こっちにゃな~んも無いんだろうね」

 こそこそとしゃべっているうちに、さっきの女の子がお盆を運んできた。



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