※※ 女子大生・伊東莉奈 (1) ※※

「イ…イネさま……どうか、どうかわたしを、お、お助けください……」

 市の中心部にほど近い、ある住宅地。
 その一角に、そこだけ何故か取り残された、昔からの鎮守の森。
 昼なお暗いほどに鬱蒼と茂る雑木の林。
 その最奥にひっそりと佇む小さな祠。
 それは知る人ぞ知る陰陽師イネの十四郎の棲家であった。

 8月の、真夏の茹だるような昼の熱気が幾許かは和らぐ宵闇の刻。
 祠の周囲は既に漆黒の闇に閉ざされている。
 風もなく、木々の咳き一つ聞こえぬ静寂。
 祠の中には四隅におかれた百目蝋燭が、黒い油煙を上げている。
 それは祠の内部を照らすよりも、その炎の届かぬ辺りの闇を、一層際立たせているかのようであった。

 その祠の前、石段に跪き両手を握りしめて、掠れた泣き声で必死に陰陽師に呼び掛ける少女が一人。

「イネさま……どうか、どうかわたしを、お、お導きください……わたし……ど…ど…どうしてよいのか…これから、どうなるのか……」

 ふいに風の音が高まる。
 木々の葉がさざめき、妖しい気が立つ。蝋燭の炎が揺れ、一つ、また一つと消えてゆく。そして遂に闇が辺りを覆い……一瞬の後、蝋燭が燃え上がり闇を払った。
 そして少女の前には陰陽師が姿を現していた。

「あっ、イ…イネさま……ありがとうございます……わたしを助けていただけるのですね……そのために、お姿を見せてくださったのですね……」

 明々と蝋燭に照らされた少女。背の半ばまでとどく漆黒のロングヘアーは、今はツインテールに束ねられている。
 その髪型の所以か、齢幼く見える少女の素顔は、どこのステージに上がってもアイドルとして通るほどに愛らしい。

 その顔が今、深い憂いを湛えて沈んでいる。
 涙に濡れる円らな瞳。通った鼻筋。
 血の気の失せた、それでも可愛い唇が微かに震えている。
 少女はその顔を上げ、しかし陰陽師が姿を見せたことで僅かに安堵の色を示しながら、陰陽師を仰ぎ見る。

「お、お願い…します。わたし……これから、どうなるのか……」

 言いかける少女の言葉を、陰陽師、イネの十四郎が遮る。

「よい、診て進ぜようぞ。・・・さてと、じゃ」

 いつの間に現れたか、陰陽師の背後にある背凭れの高い肘掛椅子に、どっかりと腰を下ろす陰陽師。

「立てぃ。そして答えよ、そちの名はなんという」
「り…莉奈です。伊東莉奈、清美女子大の1年……です」

 おずおずと立ち上がりながら答える少女。その姿を、舐めるように見据える陰陽師。

「ふむ・・・それで、一体どうしたと言うのじゃな」


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 4月も半ばを過ぎた頃、清美女子大の文芸サークルの部室。
 新入部員も、大学生活にもサークル活動にもようやく馴染んできた時期である。
 3年生を中心に、5月の菖蒲祭(学園祭)の相談が行われていた。

「ことしも例年通り、模擬店は軽食喫茶としますが、よろしいですか」
「部長、いつもだと1年生はウェートレスですが……お嬢は大丈夫ですかね」

 お嬢と呼ばれた少女、伊東莉奈が顔を朱に染めて俯く。

「う~ん…でもクリス。お嬢だけ特別扱いってのもアレですし…」

 クリスと呼ばれたのは来栖結理。お嬢様学園と言われる清美では、ボーイッシュな雰囲気が際立っている。
 お嬢こと莉奈と同じ高校出身の2年生である。
 因みに入学式の当日、人見知りな雰囲気でオロオロしていた莉奈を、文芸サークルに引っ張って行って、入部させたのも彼女である。

「私の後輩で、学年では一番年下になる伊東莉奈で~す。彼女、4月1日生まれなんですね。ほら、学校年齢って、4月2日から翌年4月1日までが1学年でしょ。だからいつも一番年下ってワケ」
「と言うか…タッチの差で、本来ならまだ高3ってなワケ。みんなの妹分として、可愛がってね」

 入部の時、クリスにそう紹介された途端「お嬢」の呼び名が奉られたのである。尤も莉奈の外見も、それに相応しいものではあるのだが。

「こいつ…私と高校一緒だったんです。同じサークルで。」
「でも私みたいに高校からじゃなくて、小学校からのバリバリの箱入り清美っこ。完全消毒の無菌育ち」

「ほら、ウチの学園って、高校までは市の中心にあるでしょ。お嬢の家って、その近くなんです」
「だから大学入って、初めて通勤電車に乗ったワケ」

「満員電車で、周りに学生とかサラリーマンとか…そんだけでコチンコチンに固まってたんですよ。ま、最近じゃ少しは馴れたみたいですけど?」

「だから、ウェイトレスさせても、お店に男来たら、それだけで壊れてしまいません?」

「で、お嬢はどうなの? できそう?」
 部長の問いに、小さな声ではあるが、莉奈ははっきり答えた。

「やって…みます。わたしだって……そ…その、カレシ欲しいですし…」

「わ~、お嬢がよく言うよ」周りからの囃し声が上がる。



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