第7章 ―知恵の実を口に(4)―

「何それ?」
「付着剤です。紙をザラついた物にしたので、鉛筆を塗った箇所と手触りが違うので触ればわかるはずです。触って手に黒鉛で汚れないようにしてるんです。
 ……はい、出来ました。触ってみてください。」

水橋さんは私の手を取り、紙に手を導いた。

ザラ…
わかる。彼の絵が黒鉛の感触と紙の感触の違いが私の感覚に絵を理解させる。

「点字に様にハッキリとはわからないかもしれないけど…」
「ありがとうございます……」

ポロ…
涙が出た。

感動や驚愕、嫌悪なんて複雑な感情じゃない。ただ単に嬉しかった。
目がほとんど見えない私に、私のためにここまでしてくれる。
それが嬉しかった。

「え、あッ? 暁先生どうしたんですか!?」
「いえ…ごめんなさいッ…嬉しくて…」

あんな酷いことをされたのに、あんな辱めを受けたのに、それでも私に優しくしてくれるのも彼だ。
あの辱めの初日、彼の言った言葉が脳裏をよぎる。“昼間の俺も俺、マジであなたを心配しましたし、哀れみであなたに優しくしたつもりはない”と。

彼は彼だ。夜の顔がどんなに残忍であれ彼に変わりはない。今の彼はとても暖かい。

「あー、炎之花先生泣かしたー!」
「え!? 俺のせい?」
「女泣かせー。」

生徒達は水橋さんをからかうように笑っている。私もそれにつられ笑いを溢した。





実習生の授業も上手くいき、無事に午前の授業は終った。
私は美術教員室に向かった。美術室の隣に設けられた教員室。そこに水橋さんはいるはず。なぜか彼に会いたくなった。

ガラ…
扉を開けると人の気配が一人分しかなかった。

「失礼します。あ、あの水橋さんは…」
「あ。暁先生。どうしたんですか?」
教員室にいたのは水橋さんだけだった。

「他の先生方は…?」
「あぁ飯食いに行ってますよ。なにかご用ですか?」
「い、いえ…あの…」

何て言ったら良いのかわからない。あなたに会いたかったから、なんて恥ずかしくて言えるわけがない。

「まぁいいや。」
「え…?」

水橋さんの足音が私に近付いてくる。

「今は俺とお前以外誰も居ないんだよ。炎之花。」

最後の名前だけ強調された。
彼の放つ雰囲気が変わる。ジクジクと治りきっていない傷に塩を擦り込むような、威圧の雰囲気。

ガラッ、ピシャッ。
「あ…」

扉が閉められ逃げ場を絶たれる。

「担当の教生は?」
「え…あ、あの…他の教科にお友達がいるらしく…」
「となると昼休みが終るまでは二人きりだな。」
「…」

きっと彼の口の両端は邪悪に吊り上がっているだろう。

「さて今日はフェラでもしてもらおうか。知ってる? フェラチオ。」
「は、はい…一応…」
「なら話が早いな。こっちに来い。」

水橋さんは私の手を引き床に膝まづかせた。

「?…今日は抵抗しないんだ?」
「…抵抗したら写真が…」
「ああ、そういや弱味握ってたんだっけ…」

彼は人事のように呟いた。


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