第7章 ―知恵の実を口に(3)―
「じゃ、俺はいきなり授業だそうですから。」
彼は行ってしまった。
私も実習生を連れ音楽室に向かった。
1限目は音楽の授業はなく、美術の授業の見学をすることになった。実習生に授業の進行を見てもらうためだ。
「起立、礼。」
教壇に立った美術教師に向け生徒達が挨拶をし、授業は始まった。
「今日から一ヶ月、教育実習生が君達の授業を担当する。デザインの専門学生だ。色々と絵について学んでくれ。水橋くん挨拶を。」
「はい。」
水橋さんが先生に呼ばれ教壇に立ったのだろう。少し教室がザワつく。
「水橋暎です。今日から一ヶ月、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「では、早速授業を始めます。今日はデッサンをしましょう。隣の席の人の顔を描き合いましょう。」
生徒達は紙を取りだし描きだしたらしい。鉛筆と紙の擦れる音が教室に響く。
「先生、先生は描かないんですか?」
「あ、私も先生の絵見たい。」
暫くすると生徒何名かが騒ぎだした。
水橋さんの絵を見たいと言うことらしい。
「え? でも俺、選攻はコンピュータグラフィックだしだなぁ…」
「えー? じゃあデッサンできないんですか?」
「いや、できるけど……ふぅ俺が出来ないこと教えるわけにいかないし、描きますか。モデルは…余ってる人はいないですね。
じゃあせっかく見学に来てますし、暁先生、モデルお願いできますか?」
彼は私を名指しして近くに座った。
「え、私ですか?」
「はい。じっとしているだけで良いですから。」
「は、はい…」
「では、うまく描く自信がないと言う人は描くコツを教えますから周りに集まってください。」
彼の言葉でゾロゾロと周りに生徒の気配が近付いてきた。
注目されているのは私じゃないにせよ恥ずかしい。
「暁先生、そんなに固くならないでください。さて、まず描くにあたって、輪郭をとります。
髪の毛は無いと考え、骨格をちゃんと捉えれば髪を描くときに不自然になりません。
明暗はハッキリと。しかしハッキリし過ぎた明暗は劇画っぽくなりますから、明るいところと暗いところが急に変化しないよう気を付けてください。」
彼は教師らしい授業を進めていく。
度々生徒達から歓声が上がる。
それは彼の腕が確だと証明している。
「チャームポイントはより美しく。写生としてはあまり良いとは言えませんが、似顔絵を描く際はそうした方が出来がよくなります。」
…
…
…
パンッ
「よし、完成。」
彼は紙を指で弾き完成を宣言した。彼の癖らしい。
「見せて見せてッ。…わぁッ上手ぁい。暁先生、三割増くらいに美人だよ。」
「コラ、そりゃ暁先生に失礼です。暁先生、少し待っててください。」
「何するの?」
「目の見えない暁先生にこの絵を見てもらうための準備です。」
シュー…
彼は何かのスプレーを絵に振りかけ始めたらしい。
シンナーの匂いが鼻をつき始める。
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