第4章 昔話「くだらない理由」(2)
実際、俺も偶然この場を目撃したときは驚いた。まさか真面目そうな綾香の旦那が浮気してるとは、思ってもみなかったからだ。
ちょうど一週間前、学校の課題作品を作るためにネオン街の写真を撮りに行ったときに彼を見付けた。
綾香さんの店に一・二度顔を出しただけだからすぐに誰かは思い出せなかったが、ふと思いだし跡をつけた。
あっちは俺のことは知らない。知っていたとしても妻の客としか見てないだろう。
跡をつけると、彼はバーに入り女と待ち合わせをしていた。
女はいかにも真面目そうな素朴な女だった。
俺はそれをつけ、ホテルに出入りする現場を激写したのだ。
それからアレコレ調べた。
たかだか学生が個人情報まで調べるのは無理があったが、会社の同僚であるところまでは突き止めた。
「綾香さんの旦那さんって、本当は素朴な感じの人が好みなんじゃないのかな。だとすると綾香さんはタイプじゃないってことになりますよね。」
「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!
なんなのよ!? あんた私をどうしたいの!? なんでこんなことするの!?」
綾香はがむしゃらに頭を振り、涙を流し怒鳴った。
限界なのだ。性欲も理性も。
「なんでって言われましても。う~ん……あえて言うなら面白いから、ですかね。」
「!!」
綾香は驚愕している。さすがにそんなくだらない理由で襲われたのは堪えたらしい。
「まぁ理由なんて有って無いみたいなもんですよ。それより限界なんでしょ?」
「――!」
少し内股を撫でただけでビクンッと体を震わせる綾香。マジで限界だなこりゃ。
「まぁ遅かれ早かれ、旦那さんのことは知らなければいけなかった。それより、交換条件はどうしますか?
旦那さんのことなんか忘れさせてあげますよ。」
俺は綾香の頬に手を置き耳元で囁いた。まるでゆっくりと麻薬を注射するように、甘い言葉を囁く。
「あ……あ…あ…」
「旦那さんの与えてくれた快楽なんて足元にも及ばない快楽を、あなたに味あわせてあげますよ。」
それが『常連客の水橋暎』としての最後の言葉だった。
今からは『支配者の水橋暎』だ。
「さぁどうする?」
「…………なる…水橋くんの奴隷になる…だから…」
「奴隷がタメ口?」
いつものニコやかな顔で、それでいて威圧を込めて綾香を見下ろした。
「ひッ……」
綾香は顔を引きつらせ脅える。
始めて見る俺の冷酷な一面。それが脅えている理由。正直なところ俺は女の前じゃ軽く猫を被っている。
いつぞや一美に冷たいと言われてしまった。……………こいつ本当に俺の奴隷か?
チラリと一美に目をやる。
…いや俺の甘さが原因か?
それなりに厳しくしてるつもりだが…調教以外は普段通りだが………うーん…
「あ…あのッ…」
綾香の声で俺は我に還った。ヤってる時に違うこと考える癖、治した方がいいな。
「ん、ああ。で? なんて言ったら良いかわかったか?」
「…………………はい。わ、私…水橋くんの奴隷になります。水橋くんの望むことなら何でもします。だ、だから…」
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