官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第18話 ~心の闇を溶かしてくれた驟雨~

 ほんの少し司に対して反抗的な態度をとってからというもの千里さんの人生は暗澹たるものでした。 やることなすこと全て裏目裏目に出てしまったのです。 そうやって行きついたのが拘留であり廃墟となった藤乃湯旅館から移り棲んだ廃屋でした。

 藤乃湯旅館の離れではそれでも司が何かと食べ物にしても千里さんや美月ちゃんの躰を想って工夫を凝らし買い求め目の前に並べてくれてましたので義務と思って食べればよかったんです。 ところが廃屋に来てからというもの賄いは全て千里さんが考えて出さねばなりません。

 男たちが適当に持ち寄ったものの中から彼らが飽きないよう出す日にちや工夫を凝らし目の前に並べなければなりません。 期限切れや廃品に近いものを持ち込んでこられても、そううまくお膳立てができるはずもなく、従って少ないお給金の中からなにがしかの買い物をして添えなきゃならないんです。

 たとえこのように気を使って添えたとしても出されたものは遠慮なく胃の腑に納めるというのが男の本来の姿ですので肝心の千里さんが体力を保つため食べようとしても何も残っていないんです。

 結局彼らの欲望のはけ口として藤乃湯旅館の離れを新たに作らされ雇女のごとくこき使われるため引っ越したようなものだったのです。
 ここを抜け出そうとすればそれ相応の蓄えも必要になり働き口も今以上に必要なんですが、この地方自体これといった産業も持たずもちろんやる気なんてもうとっくに何処かに置いてきていて現状維持派が主流を成し細々と年金で食いつなぐのがやっとという状態なんです。

 それであってもここいらにいる人のほぼすべてが過去の栄光に取りつかれいつか神風が吹くと信じて生きて来ていて進歩的な考えを持った人に対しては逆につらく当たるような、そんな人たちなんです。

 田舎にあって耕作放棄地が広がっても、もう誰もそこを耕そうとする人はいません。 都会人がモノを生産し田舎にそれを流し年金受給者が消費することによって経済が回る。 いつの頃からかそういった状態になり下がって、しかしそれを仕方のないことだと諦めきっていて、そういった地区で世の中からはみ出してしまった千里さんのような人間は、もう元の世界に戻ろうとしても全てが閉ざされていて身動きできないんです。

 確かにそんな状態を作ってしまったのは千里さん自身もそのひとりに違いありません。

 仮釈のわずか3ヶ月後に判決が言い渡され正式に保釈されています。 中身は同房の前科者から聞き及んだ通り執行猶予が付きはしましたが、もう日本全国どこに出かけても問題なくなったのです。

 そう思って司が来てくれるのを待ちましたが、肝心の彼が今度は身動き取れないようになってしまっていました。 裁判費用に引き続き仮釈の費用まで出し、しかも無事裁判が終わったわけですので担保は返してもらうはずでしたが弁護士が司から請求が来ないものですから握りつぶしてしまっていたのです。 司にしてそういったシステムをまるで知らずただ千里さんを助けたい一心でやみくもにお金を払ってしまっていたのです。

 司はだから美月ちゃんの養育費捻出のためどこにも出かけることもかなわず働きづくめに働いていました。 両親も美月ちゃんの存在は可愛いだけに手を差し伸べたんですが起訴・拘留されてしまった千里さんに対しては息子にはふさわしくない厄介者と冷たく当たったんです。

 千里さんのアルバイトにしたってかつては彼女らのような身分の人たちばかりでチームを組んで作業に当たっていたものが業績が悪化してくるとそこに店長が加わり、逆に千里さんのような人たちの就業時間が短縮され、つまり弾き出されたんです。

 こうなると千里さんもこれまで求人があっても応募しなかった季節労働に乗り出すしかなくなりました。 賃金が安く短期間ながら長時間労働を強いられる農産物の収穫作業は躰が慣れていないものだから悲鳴を上げました。

 そうしてまで働いて月の手取りは双方合わせて5万を行ったり来たりなんです。 余程美月ちゃんを探し司に会いに津和野に向かおうと考えないでもなかったんですが、そんなことをして万が一見つからなかったら今度こそ津和野から帰ることも出来ず見知らぬ街で路上生活を強いられるんです。

 諦めるしかなかった千里さんはその気持ちを大地に向けました。

 農産物を作る側にとって天候は収穫時期を決める大事な目安となります。 天候が大きく崩れないうちに収穫を終わりたいからです。 しかし汗みずくになって働く側からすれば雨が降ってくれると暑さが引き躰が楽になります。 千里さん、先行きの見えない不安からみんなが雨宿りに軒下に駆け込む中、屋外で雨に打たれながら躰を冷やし疲れを癒しました。

 遥か離れた地から千里さん、署で売り出された中古の自転車を買ってそれに乗って駆け付けて来たのです。 もうそれだけで体力は限界を超えているのに周囲のみんなに負けないよう立ち働かねばならなかったからです。 泣こうにも汗が出過ぎて涙すら出なかったのです。

 見ている人は何処かで見てくれているとよく言われます。 作業が終わって帰りしな、千里さんは土地の持ち主に呼ばれ規格外の野菜を山と持たされました。

 「これを食べて、また来年も来てくれや」 残ってたってどうせトラクターを使って畑に敷き込む屑野菜だと言われたんです。 この時になって何故か涙があふれ出し止まりませんでした。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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